WIKIレンタル 大衆演劇探訪記 森の石松の墓と遠州の大衆演劇場を訪ねて 「ふくろいラドンセンター」
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森の石松の墓と遠州の大衆演劇場を訪ねて 「ふくろいラドンセンター」

講談、浪曲、大衆演劇でお馴染みの清水次郎長伝。次郎長伝の人気者といえば遠州森の石松。
そのお墓を訪ねて東京から車で静岡県西部に向かいました。

新東名高速道路には「遠州森町」というPAがあります。その手前「森掛川IC」で高速を下りました。
そこから北へ約5km、森町にある曹洞宗の古刹、橘谷山大洞院(きっこくざんだいとういん)に石松の墓があります。

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大洞院の門前に森の石松の墓がありました。現在の墓は三代目です。

初代の墓石は、昭和10年に天竜川の自然石を使って建立されたとのこと。

その昔、神田伯山(3代目、昭和7年没)という講釈師が、「東海遊侠伝」(次郎長の養子だった天田愚庵が執筆、明治17年刊行)という文書の内容を独自にアレンジしたネタが、現在の芸能に伝わっている次郎長伝のモトとなっています。「東海遊侠伝」では石松の注釈として「三州ノ産・・・」とあります。石松の出身は三河だったのです。東海遊侠伝の別の項に、豚松という強い子分が次郎長と敵対する黒駒の門徒と戦って片目を負傷するというくだりがあります。このエピソードが合わさって、隻眼の石松が誕生したのかもしれません。
伯山の弟子のろ山が浪曲師広沢虎造にこの次郎長伝を教えて、虎造のアレンジにより有名な「石松三十石船」(「江戸っ子だってねえ」「神田の生まれよ」「スシ食いねえ」)が生まれました。

その初代の墓は彫られた字が判別できなくなるほど削り取られています。石松の墓の石を持っていると勝負運が強くなるという噂が流れ多くの者に削り取られたそうです。案内看板には「昭和28年頃から削られ始めた」と書かれていました。
昭和28年は多くのラジオの民間放送局が開局した年です。この頃からラジオでの浪曲が大ブームとなり、広沢虎造の次郎長伝が一世風靡しました。あわせて次郎長ものの映画がたくさん作られました。石松はここ森町ではヒーローのような人気者だったのではないでしょうか。

初代の墓があまりにも変形してしまい、昭和52年に二代目の墓石が建立されました。その二年後二代目はまるごと盗難に遭ったそうです。
現在の三代目は昭和54年に建立されました。

ここ大洞院は紅葉の名所として有名なようです。紅葉の時期はとっくに過ぎており人の気配はありません。しかし静かな古刹の空気に心身を預けるのも旅ならでは。気持ちよいひとときを過ごしました。


石松のお墓参りを終えて、今回の旅のもうひとつの目的である大衆演劇探訪へ。

目指す施設は、森町の南の袋井市にある「ふくろいラドンセンター」です。
「ラドン温泉+大衆演劇」の組み合わせの施設は東日本にみられる特徴ですが、ここはその最西端といえるでしょう。

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山間に点在する集落をくぐりながらカーナビを頼りにセンターを目指します。
センター近くに案内看板がありました。

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「ふくろいラドンセンター」に着きました。

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この建物の裏には池があり、そのまわりは散策コースとなっています。
「千鳥ヶ谷池は、昭和五十八年度から、遊歩道や四阿(あずまや)などを整備し、袋井市の観光名所のひとつとして、市民に親しまれています。のどかな日差しを浴び、木立ちの中を歩けば、野鳥のさえずりが聞こえてきます。池の青さや安らぎがただよう木々の緑をお楽しみください」(池のほとりの看板より)

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センターに隣接してプレハブの建物がいくつか。若めの方が出入りしているのを見かけました。おそらくここが劇団の荷物置き場か滞在場所になっているのでしょう。

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入り口に入ってすぐの靴箱。
「鍵のかからない靴箱」を見ると何かほっとした気分になります。

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フロントに向かう廊下に貼ってあったお知らせ。

冒頭に「重要なおしらせ」とあり、その横に赤マジックで「特報」と追記されています。
タイトルは「ふくろいラドンセンター閉館のお知らせ」
本文には「…本年12月末(12月25日)で閉館する事になりました。」と書かれています。

私が訪れたのが12月22日。閉館直前のかけこみ探訪でした。

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ラドン温泉施設に必ず見かける「ラドンの効能」
ラドンの説明や効能の謳い文句は施設によりさまざま。これを読むのが意外と楽しい。
「ラドンとはラジウム鉱石から発生するガスのことです」

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ロビー。左手がお土産売り場。突き当たりがフロント。

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フロントの右手が「大広間・食堂・演芸場」です。

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大広間後方より。
団体のお客さんがはいってまあまあの入り。

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大広間前方左手に厨房があります。
券売機で食券を売っています。

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花道

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大広間後方。投光機。
座布団の貸出は、2枚目から有料。

センターの最期の公演を務めるのは不二浪劇団。
お芝居では初代の瀬川伸太郎が熱演。途中で演技を止めて芝居中におしゃべりしているお客さんに静かにするようお願いする、ということが2度ありました。

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芝居終了後の口上挨拶

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浴場にも行ってみましたが予想どおり人の気配はありませんでした。
集客を「団体のバス送迎」に頼っているセンターは、芝居だけが目当てのお客さんがほとんど。私は必ずお風呂にも入ります。
突き当たりの窓際のブースがラドン温泉。大衆演劇をやっているラドン温泉施設の浴場は、だいたいこのようなつくりです。

またひとつ地方の大衆演劇場が姿を消しました。団体客に依存している他のセンターもこれからもっと経営が厳しくなるかもしれません。大衆の娯楽として存続してゆくために大衆演劇はどう変わってゆかなければならないのか、最近の私はそのことを考えることが多くなりました。

(2012年探訪)

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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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