大自然に囲まれた温泉街に登場した大ホール 「三国館」
群馬猿ヶ京温泉街で大衆演劇の公演を行っているという。
私は今から15年以上まえに旅行で猿ヶ京を訪れていますが、当時はそのような施設はありませんでした。
15年前の猿ヶ京温泉の記憶のイメージは、自然にあふれたのどかなひなびた温泉街。
あそこで大衆演劇?いったいどのような客層なのだろう?
十数年ぶりにかの地へ向かいました。

上越新幹線「上毛高原」駅からバスで猿ヶ京へ。
もうじき猿ヶ京というところで車窓を眺めると、なにやら新しげな大きな施設が。あれが目指す建物であろう。

猿ヶ京に着きました。緑が多く山の空気が気持ち良い。
大自然の中に大きな建物がふたつ。

日帰り温泉施設「まんてん星の湯」に着きました。

右の建物が温泉施設。
左の建物が多目的ホールの三国館。大衆演劇はこのホールで行われます。

温泉施設に入りました。とってもキレイ。
平成15年オープンとのこと。

もともと江戸時代から三国街道沿いの温泉地として賑わっていた場所が、昭和33年のダム建設に伴い水没してしまった。温泉街を現在の場に移したのが猿ヶ京温泉の始まりだとか。まんてん星の湯から見えるこのダムによる人造湖赤谷湖の底には昔の温泉街が沈んでいます。

温泉を出て多目的ホール三国館へ移動。
三国館の廊下に名誉館長嘉島典俊の肖像画がありました。大衆演劇界で「チビ玉」として人気のあった方のようですが、私は大衆演劇ファン歴が短いので知りませんでした。。。

ホール2階席より。350名収容です。

1階前方から見た後方。どこから見てもキレイです。

2階席

この日は「与ろず劇」の公演。
写真は三代目座長中村鷹丸。
このホールにしてはお客さんの数は少なくさみしかったけれども、地元の常連さんが多くとてもアットホームな雰囲気でした。与ろず劇の芝居も親しみが持ててよかったです。
私は今から15年以上まえに旅行で猿ヶ京を訪れていますが、当時はそのような施設はありませんでした。
15年前の猿ヶ京温泉の記憶のイメージは、自然にあふれたのどかなひなびた温泉街。
あそこで大衆演劇?いったいどのような客層なのだろう?
十数年ぶりにかの地へ向かいました。

上越新幹線「上毛高原」駅からバスで猿ヶ京へ。
もうじき猿ヶ京というところで車窓を眺めると、なにやら新しげな大きな施設が。あれが目指す建物であろう。

猿ヶ京に着きました。緑が多く山の空気が気持ち良い。
大自然の中に大きな建物がふたつ。

日帰り温泉施設「まんてん星の湯」に着きました。

右の建物が温泉施設。
左の建物が多目的ホールの三国館。大衆演劇はこのホールで行われます。

温泉施設に入りました。とってもキレイ。
平成15年オープンとのこと。

もともと江戸時代から三国街道沿いの温泉地として賑わっていた場所が、昭和33年のダム建設に伴い水没してしまった。温泉街を現在の場に移したのが猿ヶ京温泉の始まりだとか。まんてん星の湯から見えるこのダムによる人造湖赤谷湖の底には昔の温泉街が沈んでいます。

温泉を出て多目的ホール三国館へ移動。
三国館の廊下に名誉館長嘉島典俊の肖像画がありました。大衆演劇界で「チビ玉」として人気のあった方のようですが、私は大衆演劇ファン歴が短いので知りませんでした。。。

ホール2階席より。350名収容です。

1階前方から見た後方。どこから見てもキレイです。

2階席

この日は「与ろず劇」の公演。
写真は三代目座長中村鷹丸。
このホールにしてはお客さんの数は少なくさみしかったけれども、地元の常連さんが多くとてもアットホームな雰囲気でした。与ろず劇の芝居も親しみが持ててよかったです。