私のもさく座探訪記 第1話 橘小竜丸劇団にみた一本刀土俵入の素晴らしさ、「ゆもと祭り」&「お食事会」のW衝撃
私のもさく座探訪記
【プロローグ】
このブログをお読みの皆さんはご存じの方が多いでしょうが、
大衆演劇を題材とした、なんと漫画本が最近出版されました。
木丸みさき「私の舞台は舞台裏 大衆演劇裏方日記」

これまでほとんど知られることがなかった大衆演劇の舞台裏の世界。
涙あり、笑いあり、人情あり、まさに大衆演劇ファンが楽しめる内容です。
大衆演劇ファンのみならず、大衆演劇を知らない人にこそ是非おすすめしたいですね。
大衆演劇の特徴をこんなに楽しく、わかりやすく教えてくれる本はありません。
この漫画を読んで大衆演劇に興味を持ってくれる方が増えたらいいなと思います。

浅草木馬館にも宣言が貼ってありました。
さてこの本では、大衆演劇を見に来るお客さんには3つのタイプがあると言っています。
・特定の劇団を追いかける「ひいき型」
・地元の劇場に通う「常連型」
・いろんな公演地でいろんな劇団を自由に観る「自由型」
私は自由型。
東京の自宅を拠点に主に近場の大衆演劇場に行きます。
しかし、東京は大阪に比べて大衆演劇場の数が少ない。
私の自宅から休日にふらりと出かける気になる距離にある劇場は、東京の「篠原演芸場」「浅草木馬館」「小岩湯宴ランド」、川崎の「大島劇場」、横浜の「三吉演芸場」の5か所だけです。

私は、1か月のうちにこの5か所全部に行くことを「グランドスラム」と勝手に命名し、大衆演劇を見初めてのめりこんでいった頃はそれを自然と達成していました。
でもここ数年グランドスラムができていません。
同じ劇団がこれらの劇場を転々と移動することがしばしばあり、「こないだ見たから今月はいいや」「こんど大島劇場にきたときに見ればいいや」などと思うことが多いのです。
ちなみに私のホームグランドはいちおう川崎の大島劇場ということにしております(そんなに足しげく通っていないのですけれど)。自宅から一番近い劇場で雨の心配がなければ自転車でも見に行きます。
さて、東京・神奈川から目を広げて南関東をみてみますと、大衆演劇場はいくつか点在しています。
東京在住の「ひいき型」のファンはこのエリアくらいであれば日帰りで追っかけをするのにそれほど躊躇はないかもしれません。

しかし自由型の私にとってはこのエリアは広すぎる。
たとえば北に目を向けると、わたくしにとって埼玉県は、大宮以北は遠いというイメージが心に強く内在していて(そのエリアに住む埼玉県民の方すみません)、その地に足を運ぶには、「おでかけ」の気軽い気持ちに「遠足」や「小旅行」の気分を足す必要がありました。
そんなわけで、埼玉県北部の行田市にある大衆演劇場にはかなりの心理的距離を感じていました。さらにこの劇場にのる劇団は、東京大衆演劇協会系の関東まわりの劇団で、東京の小岩湯宴ランドとほぼかぶっていると言ってよいでしょう。大衆演劇場めぐりが好きな私であっても、行田の大衆演劇場にゆくにはそれなりのモチベーションが必要でした。
さて、これから先に記述しますブログは、そんな心理的距離を感じていた劇場に、私が心の劇場と思えるほど愛着を持つに至った過程を日記形式で綴ってみようとするものです。
「私の舞台は舞台裏」を読んで、自分も舞台の上で起こること以外で大衆演劇にまつわる世界を楽しく伝えられたらいいなと思いました。つたない文章ですが楽しさを心がけて連載したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
私のもさく座探訪記
第1話:橘小竜丸劇団にみた一本刀土俵入の素晴らしさ、「ゆもと祭り」&「お食事会」のW衝撃
12月のある金曜日、振替休暇を取得できることになりました。平日のお休み、となれば私はまず芝居か寄席に行くことを考えます。この日は、かねてから行く機会をうかがっていた行田の大衆演劇場もさく座を訪ねることにしました。
なぜなら、この月のもさく座は橘小竜丸劇団の公演だったのです。
大衆演劇観客タイプ「自由型」の私は、特定の劇団や役者をあまり追っかけたりしません。初めて追っかけめいたことをしたのが3年前。
2011年5月に橘小竜丸劇団の橘鈴丸誕生日公演を観るために秋田県のホテルこまちまで行きました。
↓そのときの思い出 (そのときのブログはこちら)

そう、私は橘鈴丸のファンなのです。
2010年3月篠原演芸場で行われた橘龍丸の座長昇進公演、この日龍丸の姉の鈴丸は椎名林檎の「積木遊び」を踊っていました。かつてよく聴いていた椎名林檎の曲にこんなにも似合う役者がいたのかと感動し、またその日のラストショーの女性役者を中心とした群舞がすばらしく、私は鈴丸のセンスによるショーが好きになりました。以来私は鈴丸見たさに小竜丸劇団の公演に行くことがありました。鈴丸は芝居ではもっぱら立ち役というのも私の気に入りました。
もさく座観劇を決めた私はまずネットで劇場までのアクセスを確認しました。
どうも最寄駅からはだいぶ離れているらしい。
けれども高崎線北鴻巣(きたこうのす)駅から送迎バスがでている模様。1日1便、11:30発。この時間に合わせて電車で行くことにしました。
調べてみると私の家から北鴻巣駅まではとても行きやすいことがわかりました。
自宅の最寄駅から高崎線始発駅の上野駅まで電車1本。
10:30に上野駅で高崎線に乗ると11:23に北鴻巣駅に着きます。上野は始発駅なので高崎線内ではずっと座って行くことができます。

さて当日。
10:20頃に上野駅に着けばよいので、朝はかなりゆっくりすることができます。
上野へ移動して予定通りの高崎線に乗りました。座席で小一時間読書してたらもう北鴻巣駅。
なんて快適w
大宮以北の埼玉県、ずいぶん行きやすいじゃないか。埼玉のイメージが変わった私。
北鴻巣駅の改札を出て東口方面へ下ります。

ひな人形・・・?
何かいわくつきの歴史がありそうな街だな鴻巣。
しかし今の私は鴻巣市にあまり興味がない。私が目指しているのは行田市。

東口ロータリーで送迎車が待っていました。
この送迎は予約制です。
予約制ということは送迎希望者が多いために定員制限をしているのかなとはじめは思いました。後で気づいたのですが、お客さんひとりひとりをしっかりフォローするために、名前と電話番号を確認しているようです。
この日は5人の予約があったようですが時間までに来たのは3人。運転手さんは残り2名をしばらく待っていましたが、来る気配ないのでそのまま出発しました。
12,3分くらい送迎車に揺られていると、黄色い建物があらわれました。

ここがもさく座です。

「茂美の湯 源泉」
ここで天然温泉を汲み上げていることがアピールされています。

ここは2つの建物から成ります。
左の白い建物には温泉と宿泊施設(ホテル湯本)があります。
右の黄色い建物(本館)には大衆演劇場、食事処、遠赤外線サウナと休憩室があります。

ここは2つの建物をつなぐ廊下のあたり。
劇団の看板やのぼりがあります。

お風呂が目的の人も大衆演劇が目的の人も入口は一緒。白い建物から入館します。
入口で靴を靴用ロッカーに入れます。

券売機。
この施設ではお金の精算はほとんど券売機で行われる。
通常の入館料、芝居付き入館料、遠赤外線サウナ(火蔵処という)、散髪代、マッサージ代、貸しタオル代、座イス代、予約席代、等々。
初心者の私は、どのチケットを購入すればよいか受付で確認しました。
この日は金曜日。
毎週金曜日は「ゆもと祭り」の日で、そのチケットを買えばよいことがわかりました。
お金を入れて券売機の「ゆもと祭り」というボタンを押します。
金額はたったの1000円!
これには、茂美の湯入泉料と観劇料金が含まれます。さらに火蔵処という遠赤外線サウナルームにも入れるのです。
通常のお風呂+お芝居の料金は、
平日2000円(会員1400円)、土日2200円(会員1600円)です。
なのに、毎週金曜日のゆもと祭りの日は非会員でも1000円。
温泉とサウナ入り放題+大衆演劇昼の部+大衆演劇夜の部で1000円。
なんてオトク。すごいぞ、ゆもと祭り。
大衆演劇場での座イス代や指定席代もこの券売機で買います。
どちらも100円。小岩の湯宴ランドは座イス300円、指定席500円。
100円だと「高いなあ・・・」とイヤな感情を持つことなく気持ちよく借りることができます。
大衆演劇を行うセンターには、入館料に演劇料金が含まれている場合と、演劇は別料金のところがありますね。
ここは、演劇は別料金。お風呂目的だけで来るお客さんも多いのでしょう。

受付で靴箱の鍵とチケットを渡し、指定席希望を告げて座席表から希望の席を指定しました。
お風呂のロッカーの鍵と名札をもらいました。この名札は観劇料金を払った人の目印のようなもので、指定席を買った場合はこのように場所を記した名札となります。
昼の部は13:30から。
時間があるのでお風呂に入ることにします。
ここのお風呂は温泉。しかも源泉かけ流しです。
大衆演劇をやっているセンターで源泉かけ流しのところは珍しいいのではなかろうか。
もうひとつここのお風呂で特筆すべきことがあります。それは
露天風呂が広い!

スペースにして内湯の何倍もの広さがあります。
露天コーナーにはたくさんの種類のお風呂があります。
一人用の壺に入る「壺湯」が超気持ち良い。壺湯は他の健康ランドでも見かけますが、サイズが小さくくつろげないことがあります。茂美の湯の壺はゆったりサイズでもたれかかってぐでっとするのにちょうどよい。
洞窟風呂という子供が喜びそうな露天風呂もあります。
昼前にこの洞窟に入りますと、外から差し込んでくる太陽の光が水面を反射して洞窟の天井にゆらゆらとした神秘的な模様を描き出しているのが見られます。そういうことを狙って設計したのではないと思いますが、なかなかアトラクションめいていてよいです。
お風呂を満喫、サウナも楽しんで浴場を出ました。

浴場入口のそばにマッサージ屋さんと床屋さんがあります。
どちらも券売機で購入したチケットで支払います。
大衆演劇が行われる本館へ移動します。

本館入口。
大衆演劇場「もさく座」は1階にあります。
本館に入ってすぐある掲示が目にとまりました。

偶然にもこの日は劇団とのお食事会がある日でした。
ゆもと祭りに続き、なんてラッキーな日なのだろう。
さっそくフロントでお食事会の申込をしました。

もさく座入口。
入ってすぐ右に係りの方がいます。座イスはそこでチケットと交換して入手します。

もさく座平面図。
この図で示されているのは指定席エリア。
図にはありませんがその後方に自由席があります。
指定席エリアも指定が入っていない席は自由に座れます。指定が入った席のテーブルには札が貼られるので区別がつきます。

後方自由席から見た場内

自由席エリア。
席というより単に畳敷きスペース。

花道

中央花道。
芝居やショーで役者さんが通ります。

この日は、ゆもと祭り&お食事会ということでかなり指定席が埋まっているようでした。
隣同士で席が埋まるとちょっと窮屈そう。
さて、この日の橘小竜丸劇団
昼の部の外題は一本刀土俵入
えっ?あのか細い龍丸が駒形茂兵衛?
と私は正直思いました。
一本刀土俵入はストーリーが単純なので、見ごたえある芝居にするには主役の存在感がなにより大事なのではないかと思っていました。
うーん、龍丸の茂兵衛だいじょうぶだろうか・・・。
お蔦は必然と鈴丸になるでしょう。私は鈴丸は立ち役が好きだけれども、これはこれで見てみたい。
どうなるものかと期待しながら芝居を観ましたが
期待以上にとても良かったです。
龍丸はやはりみかけは細いけれども役作りがしっかりしていました。
というより長谷川伸の原作に忠実に演じていたように思いました。
とても魅力的な茂兵衛でした。
龍丸の演技がよかったということ以上に、長谷川伸のセリフのすばらしさが龍丸を通じて伝わったという感じでしょうか。
戯曲を読んだだけではよさ伝わらない、舞台上で役者に発せられることで命が宿るセリフ。それに伴い存在感が浮き立ってくる登場人物。長谷川伸先生のすごさに触れた思いがしました。
長谷川伸先生はこの戯曲を2日で書き上げましたが、その前の3,4日には生む前の苦悶、その後の3,4日には育ての苦悶があったと述べています。この苦悶の毎日は日に少なくとも15,6時間は戯曲に集中し、食事は1回のみでトイレにもなるべく行かなかったそうです。「尿を放つと書きかけの人物のセリフのイキが変り、書きかけの事柄の波の打返しが別のものになり易いからであった」と書いています。それほどセリフにこだわった作家でした。
ちなみにこの芝居は長谷川伸の少年期の出来事がタネとなっています。品川で出前持ちをしていた頃の思い出を「ある市井の徒」で次のように綴っています。
『出前持ちをしているときに、今もあるかどうか知らないが、沢岡楼という遊女屋に越後生まれの遊女がいて、本名を確かおたかさん、源氏名は忘れた。この人が新コ(長谷川伸)に身の上を聞き、その若さでこんな処にいて末はどうなるのかと意見され、銭と菓子を貰いました』
長谷川伸は後年になっておたかさんを探しましたが結局みつからずお礼を言うことができませんでした。それで戯曲において恩返ししたい気持ちを茂兵衛に託したのでした。主役の茂兵衛が取り的になっているのは、窮迫した少年期の長谷川伸がなんとか食う道がないかと力士のもとに弟子入りに行って追い返されたという事実を拠りどころとしています。その後伸少年は落語家や講釈師のもとに弟子入りに行きますがいずれもまとまりませんでした。
話をこの日の芝居に戻しましょう。
龍丸の茂兵衛もよかったけれど、さらに
鈴丸のお蔦がとてもイイ。
役作りと性格描写が見事でした。第一場、お蔦が茂兵衛を見送るシーン、とてもよかった。全財産を茂兵衛にあげても笑顔で茂兵衛を勇気づけて送り出すお蔦。ウソっぽくなく、とても自然でお蔦のやさしさに胸が熱くなりました。
茂兵衛と故郷の話をするところもお互いの望郷の思いがそこはかとなく伝わってきてよかった。
このお芝居の第1場の一番の見どころは取手の宿屋、安孫子屋の2階にいるお蔦が道にいる茂兵衛に櫛簪を渡す場面です。もさく座の舞台では天井が低く2階建てのセットなどできません。そこも小竜丸劇団は、帯に櫛簪を結び付けて2階から垂らして茂兵衛に渡すという場面をうまく工夫して表現していました。
この戯曲の第1場の設定は茂兵衛が23,4才くらい。お蔦が23,4才。龍丸、鈴丸とほぼ同年代なのですね。
長谷川伸は歌舞伎役者が演じることを念頭にこの戯曲を書いたのだと思いますが、この日の公演の第1場ににおいては、長谷川伸が描こうとした人情や心の機微は、設定と同世代の龍丸・鈴丸だったからこそ、ある種のリアルさをもって私に響いてきたのかもしれません。
なかなかグッとくるものがあった第1場でした。
10年後の茂兵衛。龍丸は着太りして登場。
腹がへって情けない風体とはうってかわって、たのもしい博徒の旅人姿。
お蔦を助け、座長らしくかっこよく舞台を締めました。
昨今の大衆演劇において、もっと格調ある芝居が見たいなと思うことが少なからずあります。
はやり長谷川伸先生の作はずっと大衆演劇の定番として残ってほしいと思います。
かつては旅役者はこぞって一本刀土俵入を演じていたそうです。みな無断上演で長谷川伸先生もそのことを知っていましたが特にとがめる気持ちもなかったのだと思います。旅役者の中には東京に来た際に先生のお宅を訪問して無断上演のお詫びとお礼にと菓子を置いて行った者もいたそうです。
余談ですが、先日、宝塚演出部の方が大衆演劇に興味をお持ちになったようで、おすすめの劇団や劇場、演目について教えてほしいとのことだったので私なりにコメントしたことがありました。その方が、一本刀土俵入を宝塚でやってみたいと思っていた、とおどろきのコメントをしていたことを知りました。確かにそれは衝撃的におもしろそうです、が・・・冒険しすぎじゃないか?私は普段宝塚を見ませんが、実現したら絶対見にゆきます。
芝居が終わって2部の舞踊ショーまでしばしの休憩

休憩時間にアイスの販売があります。

舞踊ショーでの橘鈴丸

女の座員が多い橘小竜丸劇団。
こういう華やかなステージもこの劇団ならでは。
昼の部の公演が終わって送り出し。
基本的に私は送り出しのときに座員さんと話したりしまぜんが、橘鈴丸には感想を伝えることにいています。
もちろんこのときはお蔦がとてもよかったことを伝えました。
夜の部までまたお風呂に入ったりして時間をつぶします。

ここは2階の食事処。
ここの施設はお客さんでごみごみしていなくてゆったりできるのがいいですね。
経営的にはお客さんで賑わっている方のいいのでしょうけれども、こちらとしては好きな場所でのんびりできるのはありがたい。
今日はお食事会の日なので、
夜の部は普段より30分早く18時に開演します。
夜の部のお芝居は「眠狂四郎」
小竜丸劇団に似合う演目。
舞踊ショーでは、鈴丸の「黒い花びら」が良かった。
大衆演劇では原曲よりもKEITHがカバーしたバージョンの方が使多くわれますね(劇団荒城のがめっちゃかっこよかった)。
鈴丸もKEITHバージョンでした。女優でこの曲にここまで似合うのも鈴丸くらいでしょう。

夜の部ラストショー。
この若々しい元気のよさが小竜丸劇団。
さて夜の部が終わり、次はお食事会です。
お食事会は本館2階とは聞いておりましたが、なにぶん初めてで要領がよくわからない。
おそるおそる会場に行ってみる。
会場は昼間見た食堂。そこを半分に仕切っています。
テーブルが4列並んでいいます。席数にして70名分くらいでしょうか。
それぞれの席にお弁当が乗っています。

お食事会の出席者は慣れた常連さんばかりのようで、もう多くの方が席についていて、お弁当を食べ始めている人もいます。
4列ある机のうち1列は劇団用のようで、そこだけ誰も座っていません。

会場の後ろにはドリンクコーナー。
ビール、焼酎、ソフトドリンクなどが用意されています。
皆さん席でおしゃべりしていてもうすでに団らんの雰囲気ができあがっています。私はアウェー感を抱いてとまどいつつ、どこに座ろうかときょろきょろしていると、「ここあいてるよ」と声をかけてくれたおばちゃんがいました。
わ、ありがたいなと思いながら、私はその方の前に座りました。
「何飲む?ビールでいい?」
私が座るなり、旧知の友達のように話しかけてくるおばちゃん。
あ、なんかこの気兼ねない感じ、なつかしいなと思いました。
初めて会う親族に緊張しながらも、やさしく温かく迎えられてほっとした子供の頃の記憶のような。

お食事会のお弁当
私のまわりはおばちゃん方ばかり。左隣には私より2回りは上くらいのおじさまがいらっしゃいました(Aさんとします)。
みなさんは、初対面の私に特段の気遣いをするわけでもなく、いつものように会話しています。が、私のコップが少なくなると必ず誰かが「次何飲む?」と聞いてくれます。どなたかが自宅で漬けた漬物をタッパに入れて持ってきて、みんなに分けていて、私にも当然のようにタッパが差し出されました。私はそれをいただいて「おいしいですね」などとごく自然にコメントしていました。
なんだろうこの居心地の良さは。
この日私は何人かの方々とお話しましたけれども、誰とも自己紹介はしていません。その必要がない場なのです。
私にとってこのお食事会は非日常的なイベントです。
けれども、このお食事会の常連さんは、舞台の外で役者さんに会えるというイベント性や知らない人も集う会合という非日常性を特に気にするでもなく、単に日常の延長としてここにいる感じ。
劇団員とのお食事会は他の劇場やセンターでも行われています。私はそういうのに参加したことはなかったのですが、想像として、お客さんからしてみたら好きな劇団・好きな役者と交流できるめったにない場であり、劇団からしてみたらファンサービスの場、みたいな構図なのかと思っていました。
ここのお食事会はもさく座に通う常連さんが毎月1回集まるお決まりの場、というとても和やかな雰囲気に包まれておりました。
ただしこの日は熱心な小竜丸劇団ファンの若い方々も数名参加されていました。
参加者の皆さんの食事も終わりかけた頃、橘小竜丸劇団のみなさんが会場にやってきました。
舞台用の化粧もおとして普段着になって、ふだんの姿に、私たちからみれば裏の姿になっています。
劇団員は空いていたテーブルの1列に座りました。
このテーブルにはもさく座(というより湯本グループ)の社長や東京大衆演劇協会の篠原会長も同席しています。
ここでようやく司会(もさく座のスタッフ)がはいり、お食事会の本番が始まりました。
もさく座後援会長、篠原会長、社長、座長の挨拶や劇団員紹介があり乾杯となりました。
先ほど書きましたように、このお食事会は、劇団の営業活動という側面は少ないです。
劇団は劇団用のテーブル、参加者は参加者用のテーブルでそれぞれ飲み食いしゃべっています。
それも時間がたつにつれ、お酒がはいるにつれ崩れてきて、
若い劇団ファンはそれぞれ話したい役者をとりまくようになりました。
私も鈴丸に声がけぐらいしようと思っていたのですが、その場になってみるとそれができませんでした。
というのも、舞台用の化粧を落とした鈴丸にどうも面と向かって話しにくかったのです。
若い女性は人前では必ず化粧をするものですし、すっぴんの顔は見られたくないでしょう。
鈴丸は劇団の副座長もつとめる若い女役者です。舞台用の化粧を落とした顔を見られるということは、すっぴんの顔を見られるということに近い抵抗がもしかしたらあるのではないか。
実は私は一度舞台化粧を落とした鈴丸の顔を見たことがあります。それは秋田での鈴丸誕生日公演の日、となりに座っていた常連のおじさんが見せてくれた秋田ホテルこまちでのお食事会の写真です。この時私は素顔(といってもある程度の化粧はしているでしょうが)の鈴丸を見て、勝手に他人のすっぴんをのぞきこんだようなうしろめたさを覚えたのでした。
その時の記憶がよぎり、結局私はこのお食事会では声をかけるどころか一度も鈴丸の顔を見ることができずに終わりました。
そのかわり同席したもさく座常連の方々とはいろんな話をしました。
「もさく座」の名は社長の名前(茂作)からきている。
「茂美の湯」の名は社長の名前と奥さんの名前からきている。
大衆演劇が始まったばかりの頃はこの食堂で公演が行われた。
1階はもともとパチンコだった。大衆演劇場に改修するにあたり、龍新のお父さんが監修した。だから役者にやりやすいつくりになっている。
といった劇場にまつわる話。
若い役者と握手するのはなんてことないけれども、40代50代の役者さんとは握手できないの。この間やっと握手できたけれど、それも指先にちょっと触っただけ。
と、乙女な発言をするおばちゃま。そうか、若ければいいってものではないのか、自分の子供よりも年齢が下くらいになるとトキメキの対象から外れてしまうのだな、と思った私。
もさく座常連の方は、ここ以外に大宮のゆの郷やメヌマラドン温泉にも行く人も多いみたいですね。
哀川昇と片岡梅之助(どちらもゆの郷にのる)のどちらがいいかなんて話しているおばちゃまの話を、ボクは駒澤輝龍も好きだナなどと思いながら聞いていたり。
で、私のグラスが空になると、「何飲む?ウーロン茶割り?作ってきてあげる」とドリンクコーナーまで行ってウーロン割りを持ってきてくれるおばちゃん。
ところでこのお食事会はドリンクが飲み放題なのです。
お弁当付き飲み放題。それで2000円。安いっ。
とはいえ参加者年齢層的にはたくさんお酒を召し上がる方はいらっしゃらないでしょう。若い参加者は役者さんとお話するのに夢中。
あるとき、茂作社長が若い女の子の参加者に囲まれて話しておりました。
しばらくして、司会者から発表が。夕方以降の入館料が安くなるという制度を復活します、というアナウンスでした。
どうも夕方にしかもさく座に来られない小竜丸劇団ファンの方々が社長に直談判していたようです。
ファンのパワーすごいなーと思ったのでした。(注:この制度がこの後どうなったのかは知りません)

東京からやってきた私は帰りの終電を気にしなければなりません。
私は終電に間に合うように北鴻巣駅まで車で送迎していただくようフロントでお願いしていました。
席が隣で男同士ということもあり、私はAさんといろいろお話していました。
Aさんは柔らかい笑顔が似合う、温和でいかにも性格がよさそうな方。
気付けば、お食事会は予定終了時間を大幅に超え、送迎車がでる時間が迫っておりました。
私はAさんに別れを告げ、本館を出てフロントで靴の鍵をもらいました。
玄関口で送迎車が待機しているようでした。そこにAさんがやってきました。私が送迎車に間に合うかどうか心配で見にきたようです。Aさんは間に合ってよかったと、笑顔でつぶやきました。そして私の帰りを見送ってくださいました。
高崎線の終電に乗りながら、私はこの日の出来事を思い出していました。
こうして私のもさく座探訪1日目は幕を閉じました。
(第1話 おわり)
<第2話へのリンク>
「子役が活躍、マルチ座長率いる劇団暁、初体験の行田ゼリーフライと座長部屋」
【プロローグ】
このブログをお読みの皆さんはご存じの方が多いでしょうが、
大衆演劇を題材とした、なんと漫画本が最近出版されました。
木丸みさき「私の舞台は舞台裏 大衆演劇裏方日記」

これまでほとんど知られることがなかった大衆演劇の舞台裏の世界。
涙あり、笑いあり、人情あり、まさに大衆演劇ファンが楽しめる内容です。
大衆演劇ファンのみならず、大衆演劇を知らない人にこそ是非おすすめしたいですね。
大衆演劇の特徴をこんなに楽しく、わかりやすく教えてくれる本はありません。
この漫画を読んで大衆演劇に興味を持ってくれる方が増えたらいいなと思います。

浅草木馬館にも宣言が貼ってありました。
さてこの本では、大衆演劇を見に来るお客さんには3つのタイプがあると言っています。
・特定の劇団を追いかける「ひいき型」
・地元の劇場に通う「常連型」
・いろんな公演地でいろんな劇団を自由に観る「自由型」
私は自由型。
東京の自宅を拠点に主に近場の大衆演劇場に行きます。
しかし、東京は大阪に比べて大衆演劇場の数が少ない。
私の自宅から休日にふらりと出かける気になる距離にある劇場は、東京の「篠原演芸場」「浅草木馬館」「小岩湯宴ランド」、川崎の「大島劇場」、横浜の「三吉演芸場」の5か所だけです。

私は、1か月のうちにこの5か所全部に行くことを「グランドスラム」と勝手に命名し、大衆演劇を見初めてのめりこんでいった頃はそれを自然と達成していました。
でもここ数年グランドスラムができていません。
同じ劇団がこれらの劇場を転々と移動することがしばしばあり、「こないだ見たから今月はいいや」「こんど大島劇場にきたときに見ればいいや」などと思うことが多いのです。
ちなみに私のホームグランドはいちおう川崎の大島劇場ということにしております(そんなに足しげく通っていないのですけれど)。自宅から一番近い劇場で雨の心配がなければ自転車でも見に行きます。
さて、東京・神奈川から目を広げて南関東をみてみますと、大衆演劇場はいくつか点在しています。
東京在住の「ひいき型」のファンはこのエリアくらいであれば日帰りで追っかけをするのにそれほど躊躇はないかもしれません。

しかし自由型の私にとってはこのエリアは広すぎる。
たとえば北に目を向けると、わたくしにとって埼玉県は、大宮以北は遠いというイメージが心に強く内在していて(そのエリアに住む埼玉県民の方すみません)、その地に足を運ぶには、「おでかけ」の気軽い気持ちに「遠足」や「小旅行」の気分を足す必要がありました。
そんなわけで、埼玉県北部の行田市にある大衆演劇場にはかなりの心理的距離を感じていました。さらにこの劇場にのる劇団は、東京大衆演劇協会系の関東まわりの劇団で、東京の小岩湯宴ランドとほぼかぶっていると言ってよいでしょう。大衆演劇場めぐりが好きな私であっても、行田の大衆演劇場にゆくにはそれなりのモチベーションが必要でした。
さて、これから先に記述しますブログは、そんな心理的距離を感じていた劇場に、私が心の劇場と思えるほど愛着を持つに至った過程を日記形式で綴ってみようとするものです。
「私の舞台は舞台裏」を読んで、自分も舞台の上で起こること以外で大衆演劇にまつわる世界を楽しく伝えられたらいいなと思いました。つたない文章ですが楽しさを心がけて連載したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
私のもさく座探訪記
第1話:橘小竜丸劇団にみた一本刀土俵入の素晴らしさ、「ゆもと祭り」&「お食事会」のW衝撃
12月のある金曜日、振替休暇を取得できることになりました。平日のお休み、となれば私はまず芝居か寄席に行くことを考えます。この日は、かねてから行く機会をうかがっていた行田の大衆演劇場もさく座を訪ねることにしました。
なぜなら、この月のもさく座は橘小竜丸劇団の公演だったのです。
大衆演劇観客タイプ「自由型」の私は、特定の劇団や役者をあまり追っかけたりしません。初めて追っかけめいたことをしたのが3年前。
2011年5月に橘小竜丸劇団の橘鈴丸誕生日公演を観るために秋田県のホテルこまちまで行きました。
↓そのときの思い出 (そのときのブログはこちら)

そう、私は橘鈴丸のファンなのです。
2010年3月篠原演芸場で行われた橘龍丸の座長昇進公演、この日龍丸の姉の鈴丸は椎名林檎の「積木遊び」を踊っていました。かつてよく聴いていた椎名林檎の曲にこんなにも似合う役者がいたのかと感動し、またその日のラストショーの女性役者を中心とした群舞がすばらしく、私は鈴丸のセンスによるショーが好きになりました。以来私は鈴丸見たさに小竜丸劇団の公演に行くことがありました。鈴丸は芝居ではもっぱら立ち役というのも私の気に入りました。
もさく座観劇を決めた私はまずネットで劇場までのアクセスを確認しました。
どうも最寄駅からはだいぶ離れているらしい。
けれども高崎線北鴻巣(きたこうのす)駅から送迎バスがでている模様。1日1便、11:30発。この時間に合わせて電車で行くことにしました。
調べてみると私の家から北鴻巣駅まではとても行きやすいことがわかりました。
自宅の最寄駅から高崎線始発駅の上野駅まで電車1本。
10:30に上野駅で高崎線に乗ると11:23に北鴻巣駅に着きます。上野は始発駅なので高崎線内ではずっと座って行くことができます。

さて当日。
10:20頃に上野駅に着けばよいので、朝はかなりゆっくりすることができます。
上野へ移動して予定通りの高崎線に乗りました。座席で小一時間読書してたらもう北鴻巣駅。
なんて快適w
大宮以北の埼玉県、ずいぶん行きやすいじゃないか。埼玉のイメージが変わった私。
北鴻巣駅の改札を出て東口方面へ下ります。

ひな人形・・・?
何かいわくつきの歴史がありそうな街だな鴻巣。
しかし今の私は鴻巣市にあまり興味がない。私が目指しているのは行田市。

東口ロータリーで送迎車が待っていました。
この送迎は予約制です。
予約制ということは送迎希望者が多いために定員制限をしているのかなとはじめは思いました。後で気づいたのですが、お客さんひとりひとりをしっかりフォローするために、名前と電話番号を確認しているようです。
この日は5人の予約があったようですが時間までに来たのは3人。運転手さんは残り2名をしばらく待っていましたが、来る気配ないのでそのまま出発しました。
12,3分くらい送迎車に揺られていると、黄色い建物があらわれました。

ここがもさく座です。

「茂美の湯 源泉」
ここで天然温泉を汲み上げていることがアピールされています。

ここは2つの建物から成ります。
左の白い建物には温泉と宿泊施設(ホテル湯本)があります。
右の黄色い建物(本館)には大衆演劇場、食事処、遠赤外線サウナと休憩室があります。

ここは2つの建物をつなぐ廊下のあたり。
劇団の看板やのぼりがあります。

お風呂が目的の人も大衆演劇が目的の人も入口は一緒。白い建物から入館します。
入口で靴を靴用ロッカーに入れます。

券売機。
この施設ではお金の精算はほとんど券売機で行われる。
通常の入館料、芝居付き入館料、遠赤外線サウナ(火蔵処という)、散髪代、マッサージ代、貸しタオル代、座イス代、予約席代、等々。
初心者の私は、どのチケットを購入すればよいか受付で確認しました。
この日は金曜日。
毎週金曜日は「ゆもと祭り」の日で、そのチケットを買えばよいことがわかりました。
お金を入れて券売機の「ゆもと祭り」というボタンを押します。
金額はたったの1000円!
これには、茂美の湯入泉料と観劇料金が含まれます。さらに火蔵処という遠赤外線サウナルームにも入れるのです。
通常のお風呂+お芝居の料金は、
平日2000円(会員1400円)、土日2200円(会員1600円)です。
なのに、毎週金曜日のゆもと祭りの日は非会員でも1000円。
温泉とサウナ入り放題+大衆演劇昼の部+大衆演劇夜の部で1000円。
なんてオトク。すごいぞ、ゆもと祭り。
大衆演劇場での座イス代や指定席代もこの券売機で買います。
どちらも100円。小岩の湯宴ランドは座イス300円、指定席500円。
100円だと「高いなあ・・・」とイヤな感情を持つことなく気持ちよく借りることができます。
大衆演劇を行うセンターには、入館料に演劇料金が含まれている場合と、演劇は別料金のところがありますね。
ここは、演劇は別料金。お風呂目的だけで来るお客さんも多いのでしょう。

受付で靴箱の鍵とチケットを渡し、指定席希望を告げて座席表から希望の席を指定しました。
お風呂のロッカーの鍵と名札をもらいました。この名札は観劇料金を払った人の目印のようなもので、指定席を買った場合はこのように場所を記した名札となります。
昼の部は13:30から。
時間があるのでお風呂に入ることにします。
ここのお風呂は温泉。しかも源泉かけ流しです。
大衆演劇をやっているセンターで源泉かけ流しのところは珍しいいのではなかろうか。
もうひとつここのお風呂で特筆すべきことがあります。それは
露天風呂が広い!

スペースにして内湯の何倍もの広さがあります。
露天コーナーにはたくさんの種類のお風呂があります。
一人用の壺に入る「壺湯」が超気持ち良い。壺湯は他の健康ランドでも見かけますが、サイズが小さくくつろげないことがあります。茂美の湯の壺はゆったりサイズでもたれかかってぐでっとするのにちょうどよい。
洞窟風呂という子供が喜びそうな露天風呂もあります。
昼前にこの洞窟に入りますと、外から差し込んでくる太陽の光が水面を反射して洞窟の天井にゆらゆらとした神秘的な模様を描き出しているのが見られます。そういうことを狙って設計したのではないと思いますが、なかなかアトラクションめいていてよいです。
お風呂を満喫、サウナも楽しんで浴場を出ました。

浴場入口のそばにマッサージ屋さんと床屋さんがあります。
どちらも券売機で購入したチケットで支払います。
大衆演劇が行われる本館へ移動します。

本館入口。
大衆演劇場「もさく座」は1階にあります。
本館に入ってすぐある掲示が目にとまりました。

偶然にもこの日は劇団とのお食事会がある日でした。
ゆもと祭りに続き、なんてラッキーな日なのだろう。
さっそくフロントでお食事会の申込をしました。

もさく座入口。
入ってすぐ右に係りの方がいます。座イスはそこでチケットと交換して入手します。

もさく座平面図。
この図で示されているのは指定席エリア。
図にはありませんがその後方に自由席があります。
指定席エリアも指定が入っていない席は自由に座れます。指定が入った席のテーブルには札が貼られるので区別がつきます。

後方自由席から見た場内

自由席エリア。
席というより単に畳敷きスペース。

花道

中央花道。
芝居やショーで役者さんが通ります。

この日は、ゆもと祭り&お食事会ということでかなり指定席が埋まっているようでした。
隣同士で席が埋まるとちょっと窮屈そう。
さて、この日の橘小竜丸劇団
昼の部の外題は一本刀土俵入
えっ?あのか細い龍丸が駒形茂兵衛?
と私は正直思いました。
一本刀土俵入はストーリーが単純なので、見ごたえある芝居にするには主役の存在感がなにより大事なのではないかと思っていました。
うーん、龍丸の茂兵衛だいじょうぶだろうか・・・。
お蔦は必然と鈴丸になるでしょう。私は鈴丸は立ち役が好きだけれども、これはこれで見てみたい。
どうなるものかと期待しながら芝居を観ましたが
期待以上にとても良かったです。
龍丸はやはりみかけは細いけれども役作りがしっかりしていました。
というより長谷川伸の原作に忠実に演じていたように思いました。
とても魅力的な茂兵衛でした。
龍丸の演技がよかったということ以上に、長谷川伸のセリフのすばらしさが龍丸を通じて伝わったという感じでしょうか。
戯曲を読んだだけではよさ伝わらない、舞台上で役者に発せられることで命が宿るセリフ。それに伴い存在感が浮き立ってくる登場人物。長谷川伸先生のすごさに触れた思いがしました。
長谷川伸先生はこの戯曲を2日で書き上げましたが、その前の3,4日には生む前の苦悶、その後の3,4日には育ての苦悶があったと述べています。この苦悶の毎日は日に少なくとも15,6時間は戯曲に集中し、食事は1回のみでトイレにもなるべく行かなかったそうです。「尿を放つと書きかけの人物のセリフのイキが変り、書きかけの事柄の波の打返しが別のものになり易いからであった」と書いています。それほどセリフにこだわった作家でした。
ちなみにこの芝居は長谷川伸の少年期の出来事がタネとなっています。品川で出前持ちをしていた頃の思い出を「ある市井の徒」で次のように綴っています。
『出前持ちをしているときに、今もあるかどうか知らないが、沢岡楼という遊女屋に越後生まれの遊女がいて、本名を確かおたかさん、源氏名は忘れた。この人が新コ(長谷川伸)に身の上を聞き、その若さでこんな処にいて末はどうなるのかと意見され、銭と菓子を貰いました』
長谷川伸は後年になっておたかさんを探しましたが結局みつからずお礼を言うことができませんでした。それで戯曲において恩返ししたい気持ちを茂兵衛に託したのでした。主役の茂兵衛が取り的になっているのは、窮迫した少年期の長谷川伸がなんとか食う道がないかと力士のもとに弟子入りに行って追い返されたという事実を拠りどころとしています。その後伸少年は落語家や講釈師のもとに弟子入りに行きますがいずれもまとまりませんでした。
話をこの日の芝居に戻しましょう。
龍丸の茂兵衛もよかったけれど、さらに
鈴丸のお蔦がとてもイイ。
役作りと性格描写が見事でした。第一場、お蔦が茂兵衛を見送るシーン、とてもよかった。全財産を茂兵衛にあげても笑顔で茂兵衛を勇気づけて送り出すお蔦。ウソっぽくなく、とても自然でお蔦のやさしさに胸が熱くなりました。
茂兵衛と故郷の話をするところもお互いの望郷の思いがそこはかとなく伝わってきてよかった。
このお芝居の第1場の一番の見どころは取手の宿屋、安孫子屋の2階にいるお蔦が道にいる茂兵衛に櫛簪を渡す場面です。もさく座の舞台では天井が低く2階建てのセットなどできません。そこも小竜丸劇団は、帯に櫛簪を結び付けて2階から垂らして茂兵衛に渡すという場面をうまく工夫して表現していました。
この戯曲の第1場の設定は茂兵衛が23,4才くらい。お蔦が23,4才。龍丸、鈴丸とほぼ同年代なのですね。
長谷川伸は歌舞伎役者が演じることを念頭にこの戯曲を書いたのだと思いますが、この日の公演の第1場ににおいては、長谷川伸が描こうとした人情や心の機微は、設定と同世代の龍丸・鈴丸だったからこそ、ある種のリアルさをもって私に響いてきたのかもしれません。
なかなかグッとくるものがあった第1場でした。
10年後の茂兵衛。龍丸は着太りして登場。
腹がへって情けない風体とはうってかわって、たのもしい博徒の旅人姿。
お蔦を助け、座長らしくかっこよく舞台を締めました。
昨今の大衆演劇において、もっと格調ある芝居が見たいなと思うことが少なからずあります。
はやり長谷川伸先生の作はずっと大衆演劇の定番として残ってほしいと思います。
かつては旅役者はこぞって一本刀土俵入を演じていたそうです。みな無断上演で長谷川伸先生もそのことを知っていましたが特にとがめる気持ちもなかったのだと思います。旅役者の中には東京に来た際に先生のお宅を訪問して無断上演のお詫びとお礼にと菓子を置いて行った者もいたそうです。
余談ですが、先日、宝塚演出部の方が大衆演劇に興味をお持ちになったようで、おすすめの劇団や劇場、演目について教えてほしいとのことだったので私なりにコメントしたことがありました。その方が、一本刀土俵入を宝塚でやってみたいと思っていた、とおどろきのコメントをしていたことを知りました。確かにそれは衝撃的におもしろそうです、が・・・冒険しすぎじゃないか?私は普段宝塚を見ませんが、実現したら絶対見にゆきます。
芝居が終わって2部の舞踊ショーまでしばしの休憩

休憩時間にアイスの販売があります。

舞踊ショーでの橘鈴丸

女の座員が多い橘小竜丸劇団。
こういう華やかなステージもこの劇団ならでは。
昼の部の公演が終わって送り出し。
基本的に私は送り出しのときに座員さんと話したりしまぜんが、橘鈴丸には感想を伝えることにいています。
もちろんこのときはお蔦がとてもよかったことを伝えました。
夜の部までまたお風呂に入ったりして時間をつぶします。

ここは2階の食事処。
ここの施設はお客さんでごみごみしていなくてゆったりできるのがいいですね。
経営的にはお客さんで賑わっている方のいいのでしょうけれども、こちらとしては好きな場所でのんびりできるのはありがたい。
今日はお食事会の日なので、
夜の部は普段より30分早く18時に開演します。
夜の部のお芝居は「眠狂四郎」
小竜丸劇団に似合う演目。
舞踊ショーでは、鈴丸の「黒い花びら」が良かった。
大衆演劇では原曲よりもKEITHがカバーしたバージョンの方が使多くわれますね(劇団荒城のがめっちゃかっこよかった)。
鈴丸もKEITHバージョンでした。女優でこの曲にここまで似合うのも鈴丸くらいでしょう。

夜の部ラストショー。
この若々しい元気のよさが小竜丸劇団。
さて夜の部が終わり、次はお食事会です。
お食事会は本館2階とは聞いておりましたが、なにぶん初めてで要領がよくわからない。
おそるおそる会場に行ってみる。
会場は昼間見た食堂。そこを半分に仕切っています。
テーブルが4列並んでいいます。席数にして70名分くらいでしょうか。
それぞれの席にお弁当が乗っています。

お食事会の出席者は慣れた常連さんばかりのようで、もう多くの方が席についていて、お弁当を食べ始めている人もいます。
4列ある机のうち1列は劇団用のようで、そこだけ誰も座っていません。

会場の後ろにはドリンクコーナー。
ビール、焼酎、ソフトドリンクなどが用意されています。
皆さん席でおしゃべりしていてもうすでに団らんの雰囲気ができあがっています。私はアウェー感を抱いてとまどいつつ、どこに座ろうかときょろきょろしていると、「ここあいてるよ」と声をかけてくれたおばちゃんがいました。
わ、ありがたいなと思いながら、私はその方の前に座りました。
「何飲む?ビールでいい?」
私が座るなり、旧知の友達のように話しかけてくるおばちゃん。
あ、なんかこの気兼ねない感じ、なつかしいなと思いました。
初めて会う親族に緊張しながらも、やさしく温かく迎えられてほっとした子供の頃の記憶のような。

お食事会のお弁当
私のまわりはおばちゃん方ばかり。左隣には私より2回りは上くらいのおじさまがいらっしゃいました(Aさんとします)。
みなさんは、初対面の私に特段の気遣いをするわけでもなく、いつものように会話しています。が、私のコップが少なくなると必ず誰かが「次何飲む?」と聞いてくれます。どなたかが自宅で漬けた漬物をタッパに入れて持ってきて、みんなに分けていて、私にも当然のようにタッパが差し出されました。私はそれをいただいて「おいしいですね」などとごく自然にコメントしていました。
なんだろうこの居心地の良さは。
この日私は何人かの方々とお話しましたけれども、誰とも自己紹介はしていません。その必要がない場なのです。
私にとってこのお食事会は非日常的なイベントです。
けれども、このお食事会の常連さんは、舞台の外で役者さんに会えるというイベント性や知らない人も集う会合という非日常性を特に気にするでもなく、単に日常の延長としてここにいる感じ。
劇団員とのお食事会は他の劇場やセンターでも行われています。私はそういうのに参加したことはなかったのですが、想像として、お客さんからしてみたら好きな劇団・好きな役者と交流できるめったにない場であり、劇団からしてみたらファンサービスの場、みたいな構図なのかと思っていました。
ここのお食事会はもさく座に通う常連さんが毎月1回集まるお決まりの場、というとても和やかな雰囲気に包まれておりました。
ただしこの日は熱心な小竜丸劇団ファンの若い方々も数名参加されていました。
参加者の皆さんの食事も終わりかけた頃、橘小竜丸劇団のみなさんが会場にやってきました。
舞台用の化粧もおとして普段着になって、ふだんの姿に、私たちからみれば裏の姿になっています。
劇団員は空いていたテーブルの1列に座りました。
このテーブルにはもさく座(というより湯本グループ)の社長や東京大衆演劇協会の篠原会長も同席しています。
ここでようやく司会(もさく座のスタッフ)がはいり、お食事会の本番が始まりました。
もさく座後援会長、篠原会長、社長、座長の挨拶や劇団員紹介があり乾杯となりました。
先ほど書きましたように、このお食事会は、劇団の営業活動という側面は少ないです。
劇団は劇団用のテーブル、参加者は参加者用のテーブルでそれぞれ飲み食いしゃべっています。
それも時間がたつにつれ、お酒がはいるにつれ崩れてきて、
若い劇団ファンはそれぞれ話したい役者をとりまくようになりました。
私も鈴丸に声がけぐらいしようと思っていたのですが、その場になってみるとそれができませんでした。
というのも、舞台用の化粧を落とした鈴丸にどうも面と向かって話しにくかったのです。
若い女性は人前では必ず化粧をするものですし、すっぴんの顔は見られたくないでしょう。
鈴丸は劇団の副座長もつとめる若い女役者です。舞台用の化粧を落とした顔を見られるということは、すっぴんの顔を見られるということに近い抵抗がもしかしたらあるのではないか。
実は私は一度舞台化粧を落とした鈴丸の顔を見たことがあります。それは秋田での鈴丸誕生日公演の日、となりに座っていた常連のおじさんが見せてくれた秋田ホテルこまちでのお食事会の写真です。この時私は素顔(といってもある程度の化粧はしているでしょうが)の鈴丸を見て、勝手に他人のすっぴんをのぞきこんだようなうしろめたさを覚えたのでした。
その時の記憶がよぎり、結局私はこのお食事会では声をかけるどころか一度も鈴丸の顔を見ることができずに終わりました。
そのかわり同席したもさく座常連の方々とはいろんな話をしました。
「もさく座」の名は社長の名前(茂作)からきている。
「茂美の湯」の名は社長の名前と奥さんの名前からきている。
大衆演劇が始まったばかりの頃はこの食堂で公演が行われた。
1階はもともとパチンコだった。大衆演劇場に改修するにあたり、龍新のお父さんが監修した。だから役者にやりやすいつくりになっている。
といった劇場にまつわる話。
若い役者と握手するのはなんてことないけれども、40代50代の役者さんとは握手できないの。この間やっと握手できたけれど、それも指先にちょっと触っただけ。
と、乙女な発言をするおばちゃま。そうか、若ければいいってものではないのか、自分の子供よりも年齢が下くらいになるとトキメキの対象から外れてしまうのだな、と思った私。
もさく座常連の方は、ここ以外に大宮のゆの郷やメヌマラドン温泉にも行く人も多いみたいですね。
哀川昇と片岡梅之助(どちらもゆの郷にのる)のどちらがいいかなんて話しているおばちゃまの話を、ボクは駒澤輝龍も好きだナなどと思いながら聞いていたり。
で、私のグラスが空になると、「何飲む?ウーロン茶割り?作ってきてあげる」とドリンクコーナーまで行ってウーロン割りを持ってきてくれるおばちゃん。
ところでこのお食事会はドリンクが飲み放題なのです。
お弁当付き飲み放題。それで2000円。安いっ。
とはいえ参加者年齢層的にはたくさんお酒を召し上がる方はいらっしゃらないでしょう。若い参加者は役者さんとお話するのに夢中。
あるとき、茂作社長が若い女の子の参加者に囲まれて話しておりました。
しばらくして、司会者から発表が。夕方以降の入館料が安くなるという制度を復活します、というアナウンスでした。
どうも夕方にしかもさく座に来られない小竜丸劇団ファンの方々が社長に直談判していたようです。
ファンのパワーすごいなーと思ったのでした。(注:この制度がこの後どうなったのかは知りません)

東京からやってきた私は帰りの終電を気にしなければなりません。
私は終電に間に合うように北鴻巣駅まで車で送迎していただくようフロントでお願いしていました。
席が隣で男同士ということもあり、私はAさんといろいろお話していました。
Aさんは柔らかい笑顔が似合う、温和でいかにも性格がよさそうな方。
気付けば、お食事会は予定終了時間を大幅に超え、送迎車がでる時間が迫っておりました。
私はAさんに別れを告げ、本館を出てフロントで靴の鍵をもらいました。
玄関口で送迎車が待機しているようでした。そこにAさんがやってきました。私が送迎車に間に合うかどうか心配で見にきたようです。Aさんは間に合ってよかったと、笑顔でつぶやきました。そして私の帰りを見送ってくださいました。
高崎線の終電に乗りながら、私はこの日の出来事を思い出していました。
こうして私のもさく座探訪1日目は幕を閉じました。
(第1話 おわり)
<第2話へのリンク>
「子役が活躍、マルチ座長率いる劇団暁、初体験の行田ゼリーフライと座長部屋」