WIKIレンタル 大衆演劇探訪記 2020年03月
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東京から無理なく日帰り観劇 大自然に囲まれた大型複合施設 「ニューサンピア埼玉おごせ」

東京から無理なく日帰り観劇 大自然に囲まれた大型複合施設 「ニューサンピア埼玉おごせ」

埼玉県の「越生(おごせ)」は東京23区に住んでいる者にはほぼ馴染みのない地名でしょう。
埼玉県の西部はほとんど山あいの土地で占められていますけれど、越生はちょうど関東平野と山地との境目あたりにあります。
東京駅から越生駅までは約1時間半。これは、八高線という八王子と高崎を結ぶ長い路線を利用するルートです。
もうひとつ、東武越生線を利用するという行き方があり、こちらは池袋駅から1時間強です(そう考えると池袋から急行で30分の川越は近く感じますね)。
東京からはちょっと行きにくいけれど、2つの路線が使えますし、越生は十分東京からの日帰り観劇圏内です。

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私は東武線を使って越生駅まで来ました。
駅ビルなんてものはない。いたって素朴な駅舎だ。

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駅前のアーチ

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駅舎を出てすぐ左手にバス停があります。ここからバスに乗ってニューサンピアに行きます。
(ニューサンピアのパンフレットには徒歩だと40分から1時間かかると書いてあります)

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バスはここを右折してニューサンピアの敷地に入ってゆきます。

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ニューサンピアのメインの建物

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ニューサンピア埼玉おごせのまわりはどんな環境なのか。
これはパンフレットの写真です。多くの運動施設を備えた広大な敷地は豊かな緑に囲まれています。

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テニスコート

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右手はプール
奥に見えるのはゴルフ練習場

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建物に入りました。
2階から見た1階ロビー。

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1階で大衆演劇観劇の受付。
チケットを受け取ります。

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お風呂にも入れるようなので入浴しました。

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軽食がとれる食事処。
ここ以外にもレストランがあります。

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大衆演劇場「越生劇場」の入口
12時30分開場、13時開演。
開場時間には私を含め数人が待っていました。開場になると後から来たおばさんがしれっと私より先に入場しました。
こういう「しれっとおばさん」はどの大衆演劇場にも出没する。

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受付

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演目掲示
今月は、島崎寿恵座長が率いるまな美座の公演。この日は寿恵座長の師匠だった若水照代先生がゲスト出演です。

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越生劇場後方より

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前方は座布団席

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後方は椅子席

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花道

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貸し座椅子100円

第1部お芝居 13:00~14:00
第2部舞踊ショー 14:30~15:30

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里見剣次郎
指がとてもしなやかに動きますよね。
昭和の絵ハガキ風に色合いを調整してみたのですがいかがでしょう。

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島崎寿恵座長
寿恵座長の情念こもった舞踊が好きです。

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寿恵座長の立ちもかっこいい

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ゲストの若水照代先生

まな美座の観劇を終え、再びバスで越生駅に戻りました。

駅前にこんな看板があります。
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江戸城の築城を手掛けた太田道灌は越生の出身だったのですね。
この看板に描かれている短歌と絵は道灌にまつわる逸話によっています。落語ファンは一発でピーンときたでしょう。

前座が落語を練習するのにもってこいの噺「道灌」(立川流は入門するとまずこの噺を教わるそうですね)にこの場面がでてきます。
道灌が山中でにわか雨にあった。近くのあばらやに入りそこの娘に雨具を借りたいと申し出たところ、娘は盆の上に山吹の枝を載せて道灌に差し出した。訳がわからず茫然としていた道灌に家来が伝えた。古来の歌に「七重八重 花は咲けども山吹の みの一つだになきぞ悲しき」というのがあります、山吹は実のならないもの、これは蓑(みの)がないから雨具を貸せないという婉曲のお断りでしょう。そう家来から聞いた道灌はまだ自分は歌道に暗いと嘆いた。
この場面の絵に出くわすとは思いませんでした。

越生は梅林も有名です。
近くの農産物直売所で梅干しを買いました。

帰る前に美味しい蕎麦でも食べたい、と私と妻の意見が一致しました。

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日本料理山富貴でそば会席をいただきました。

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帰りも東武越生線に乗って帰りました。

ニューサンピア埼玉おごせは駅までの送迎バスがありません。団体以外のお客さんのほとんどはマイカーで来ているでしょう。
演劇公演にとても不利な立地です。そして、ホテルとスポーツセンターが合わさったような複合施設。
栃木にしろ越生にしろ、ニューサンピアの大衆演劇場は全国的にも異色の存在です。

(2018年9月探訪)

新館がオープンした「山桜桃の湯」で気になりすぎるつばさ準之助座長の舞踊を堪能

新館がオープンした「山桜桃の湯」で気になりすぎるつばさ準之助座長の舞踊を堪能

岩手県にある大衆演劇場「山桜桃の湯」を9年7か月ぶりに訪ねました。

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一ノ関駅。
前回は世界遺産平泉の観光がてらレンタカーで行きましたが今回は電車で一ノ関駅に来ました。

私は旅先での移動手段は極力タクシーを使わないようにしています。
だが駅から桃の湯までは遠い。なおかつ桃の湯方面に向かうバスはない。
仕方なくタクシーで行くことにしました。

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一ノ関駅からタクシーで10分で着きました。料金は1,890円(消費税8%)。
(ちなみに帰りも桃の湯から一ノ関駅へタクシーで移動しました。やはり1,890円でした)

ここは本館入口。10年前と変わりない。
視線を左の方に向けると、、

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本館に隣接する広い土地に新しい建物ができていました。
ここは2018年11月にオープンした山桜桃の湯の新館「〜世界遺産の隠れ宿〜果実の森」なのです。

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本館の玄関。
靴は下足箱にしまいます。

私はこの日ここに宿泊しますがチェックインにはまだ早い。
まずは大衆演劇昼の部を見ます。

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山桜桃の湯は2階建て。ここは1階廊下。左手にボディケア、右手に大浴場、奥には岩盤浴やリラックスルームがあります。

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大衆演劇場「桃の湯劇場」も1階。
この先にあります。

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桃の湯劇場

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畳の上に低いテーブルと座布団。基本の形。

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後方の席

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前方

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花道

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貸し座布団

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桃の湯劇場は持ち込み禁止です。
その代わり売店があります。
軽食やコーヒーの他、ビールやつまみもあります。

この日の公演は劇団つばさ。
私はつばさ準之助座長がゲスト出演する公演は観たことがありましたが、劇団つばさとしての観劇は初めてです。

つばさ準之助座長はずっと気になっていたのですが、
2019年3月に「エンタメ特化型情報メディアスパイス」に掲載されたお萩さんの記事『大衆演劇の入り口から[其之三十五]  気になりすぎて!舞踊の名手・つばさ準之助座長に新潟でロングインタビュー』を読んでさらに気になる度がグレードアップしていました。

5歳で舞台に立ってから舞踊一筋。37歳で「つばさ準之助」という名になり大衆演劇にかかわるようになったとのこと。
当初は舞踊だけのゲスト出演だったのが、今や劇団つばさとして大衆演劇の公演をうっている。2019年で43歳。
大衆演劇劇団の座長とはいえ役者としてのキャリアはまだ浅い。山桜桃の湯ではどんな公演を見せてくれるのか。

昼の部は13時開演。第一部お芝居は「上方土産」
これは落語の「風呂敷」を大衆演劇に移し替えた喜劇です。
「舞踊の人」のイメージが強かった準之助座長、お芝居いいじゃないですか!反射神経がいいですね。相手の会話にアドリブも交えてすぐリアクションできる。小気味よく会話が進む。リズムとテンポのよさはやはり舞踊のステージで培ったものなのだろうか。

お芝居が14時に終わり、休憩をはさんで第二部舞踊ショーが14時30分に始まりました。

つばさ準之助座長の舞踊はとてもかっこよかった。
当然のことながら動きがきれい。一連の動きに一般的な大衆演劇舞踊にはない緩急があるように思いました。動きの序破急とでも申しましょうか。ある動きは常に次の動きを見てみたいという興趣を誘う。そんな流れるような所作に私はひきこまれていました。
また、ある舞踊では何かに取り付かれて本能にまかせて舞っているようにも見え、自由の翼を獲得した者のみが纏うことができるオーラのようなものを私は感じていました。
座長は女形2、立ち2、相舞踊1、ラストショーと6本も出てくれましたけれども、私はもっと見てみたいという贅沢な望みを抱いていました。

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つばさ準之助座長の女形

さて、劇団つばさでは私の目が釘付けになった役者さんがもうひとりいました。

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それが つばさ真琴さん。

お客さんを楽しませようとすることに対する意欲と才能がすごい。真琴さんの舞台を見ていると楽しく幸せな気分になります。
福の神度・芸人度の高い稀有な女優さんではないでしょうか。

他の座員さんもみんな一生懸命さが伝わってきて好感が持てました。

つばさ準之助座長とつばさ真琴さんは一度はまったら抜け出せないような魅力をお持ちの役者さん。
すでに多くのファンを獲得していることでしょう。
私は劇団つばさとしての関東公演を待ち望んでおります。

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桃の湯劇場でのラストショー

昼の部終了後チェックインしました。
本館の客室は2階にあります。

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お部屋にはいってひと段落したら温泉へ。
桃の湯は源泉かけ流しと十七種のお風呂が自慢。

夕食は別館のレストランでバイキング。

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レストランの客席。
桃の湯は落ち着いた木目調を基本としたアジアンなデザインがコンセプトのようです。
アジアンといっても、HPで「大人のための癒し空間」と謳っているとおり、高級リゾート地の高級ホテルのような格調があります。
それでいてチラシなどは手作り感があって、スタッフの愛想もよく親しみが持てます。

バイキングは種類が多く、なにより落ち着いた雰囲気だったのが良くて満足しました。

夕食後はまた桃の湯劇場へ。
20時から始まる夜の部は舞踊ショーのみ。

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夜の部でもつばさ準之助座長の舞踊を堪能

一夜あけて翌朝。
朝食会場はなんと、昨年オープンしたばかりの世界遺産の隠れ宿果実の森にあるレストランでした。

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洗練されたデザインの廊下
桃の湯本館→別館→果実の森と移動します。

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自然に囲まれた宿の窓から朝の陽が差し込む

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ここは果実の森の客室エリアだろうか。とにかく雰囲気がいいです。
果実の森は全客室に源泉かけ流しの檜風呂があるとのこと。

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朝食バイキング会場もかっこいい。

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ロビー。
この他、ジャズが流れる喫茶室もありました。

ここは高級アジアンリゾートと温泉の両方が体験できる大人のための宿。
お値段が気になりますがリーズナブルなプランもあるみたい。
平泉を車で旅行する方にはこの宿をおすすめしたいですね。

東北地方の旅の途中、思いがけず別世界のくつろぎを得ました。
また劇団つばさが乗ることがあったら訪ねたいです。

(2019年9月探訪)

別府鉄輪温泉の大衆演劇場 「ヤング劇場」 が2020年3月末に閉館

別府鉄輪温泉の大衆演劇場 「ヤング劇場」 が2020年3月末に閉館

別府鉄輪温泉にあるヤングセンターが2020年3月末をもって閉館するそうです。
ネットのニュース記事によるとヤングセンターは1953年創業。ですから半世紀以上の歴史を持つのですね。
2019年9月に閉館することを従業員に伝えたとのこと。

そんなこととはつゆ知らず私はまさにその2019年9月にヤングセンターを訪ねていました。
その時の様子からして、私が行った時点ではまだ閉館が知らされていなかったのだと思います。

またひとつ昭和の雰囲気いっぱいの味わい深い大衆演劇場の灯が消える。
名残惜しさを胸に惜別のレポート綴りたいと思います。

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2019年9月私は九州大衆演劇場めぐりの旅をしていました。
別府駅西口から「鉄輪温泉・地獄めぐり 行き」のバスに乗りヤングセンターを目指します。

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鉄輪温泉バス停付近の案内板。
観光地は山の中腹の斜面に広がっています。その中央部にバス停。その上の方は「地獄」と呼ばれる温泉噴出口が点在しています。

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バス停から温泉街のメインストリートを下る。
道の両側にヤングセンターの看板。

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ヤングセンターが見えてきました。

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世界一の噴気沸騰泉と書かれた看板。
ヤングセンターも3つの温泉源泉を持っています。

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ヤングセンター

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ヤングセンターの大衆演劇場はいつからかヤング劇場と名乗るようになりました。

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役者の顔が大きく飾られたインパクトある看板。
長い間、毎月この看板を架け替えてきたのでしょう。

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来月以降の劇団予告看板

ヤング劇場に入りますとすぐ右手にフロントがあります。

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入口入って左手には階段があります。靴は階段の左側に靴箱に入れればよい。

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階段の上の休憩所。

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階段脇に靴箱がありましたが階段上にも「はき物ロッカー」があります。使用料100円。
わざわざこのロッカーを使う人がいるのでしょうか、と疑念に思った私はわざわざこのロッカーを使ってみました。
いまどき100円がかえってこないロッカー、むなしい。

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建物入口入って正面に温泉入口。

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温泉入口右手に掲示されていた演目案内とゲスト予告。
今月は澤村慎太郎劇団。本日昼の部の演題は「修善寺の決闘」

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劇場入口

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ここから先、劇場内はスリッパを脱ぎます。
松の木の絵をバックに昼夜2回公演を案内するポスター。
ヤングセンター内はかわいい絵の掲示が多い。

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劇場内。薄暗い。

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劇場後方。
貸出用の座椅子と座布団が積まれている。
この上方には私が入ったことがない2階席。

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暗い劇場内に浮かび上がるように存在している売店

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ビール、酒、焼酎も売っている

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幕の絵は私が以前訪れた時と変わっている。
舞台前にでているせり出しもこの劇場の特徴。

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せり出し舞台からトラロープが客席後方まで伸びている。
ただロープが置いてあるだけだが、役者が通るのでロープの間は座らないでね、というメッセージは十分伝わる。

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花道

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照明が灯ると劇場らしい雰囲気になってきます。

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ミニショーが始まりました。

ミニショー後の休憩時間にYシャツにネクタイ姿の従業員さんが舞台前に出てきてお客様にご挨拶。毎回公演中にご挨拶しているのでしょう、かなり慣れていてすらすらと親しみある口調でお客さんに語りかけます。この「息子」と呼ばれている方がヤングセンター社長の息子さんなのかなと推測しました。
「息子」さんが物販を始めました。シール式のはりと「まむし油」という塗り薬。ヤングセンターはヤングをメインターゲットにしたセンターではない。あちこち身体に不具合が出始めたオールドのための娯楽場。

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私はどちらも購入しました。それぞれ千円。
「自分で出来る!ヤングのはり」
「伊吹山特産 天然要素 ヤングのまむし油」
こういうあやしげ?な健康グッズを売っていても違和感がない。それが日本の旅芝居小屋。

旅芝居は人々の暮らしとともにある演劇だ。
大衆演劇場は人々の暮らしの場だ。
こういう劇場があることを、世界の演劇研究者(あるいは劇場研究者?庶民文化研究者?)が取材にこないものか。

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第二部お芝居に続き第三部舞踊ショー

ニュース記事によると土地・建物はホテル事業などを手掛ける東京都内の企業に売却するのだとか。
ということは温泉旅館としてリニューアルされるのだろうか。だとしたら大衆演劇場が復活する可能性があるかも?
閉館の理由は経営者の高齢化とのこと。えっ?ではあの時の「息子」さんは一体…。

ヤングセンターは大きな温泉街の中にはありますが演劇場としての立地はあまりよくないと思います。けれども毎年人気劇団も乗り長年愛され続けてきたのは、常連の団体さんが多くいらっしゃったからでしょう。逆にいえば、昨今は団体客を呼び込むのが難しくなっているのかもしれません。
でもあの屋外の看板を見れば社長さんが情熱をもって大衆演劇場経営に力を注いでいたことがわかります。
味わい深い大衆演劇場がなくなってしまうことが残念でなりません。
長い間本当にお疲れ様でした。

今宮戎神社の十日戎とたつみ演劇BOX宝恵かご道中

今宮戎神社の十日戎とたつみ演劇BOX宝恵かご道中

2020年1月10日、大阪へやってきました。
1月10日といえば関西で有名なお祭り「十日戎(とおかえびす」の日です。
「えべっさん」という呼び名の方が親しみやすいですね。

今宮戎神社の十日戎では「宝恵駕籠行列(ほえかごぎょうれつ)」という大規模な行列が行われます。
今年はたつみ演劇BOXがこの行列に参加するということで見物に来ました。

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大阪ミナミの象徴的な場所、道頓堀川に架かる戎橋に来ました。グリコの巨大看板があるところです。
ここが宝恵駕籠行列のスタート地点となります。

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戎橋に戎舞台が設けられています。

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戎舞台の横に看板がかけられていました。

「戎橋」「戎舞台」の由来

戎橋の橋名の由来は、そもそもこの橋が、今宮戎神社への参詣の道路に架けられたことから「戎橋」の名が付けられたものです。
江戸時代には、毎年の十日戎に、市中の人々は皆この橋を渡って、戎さんに詣り、往き帰りの群衆で橋上は大へん賑わいました。
この戎舞台は、今宮戎神社と戎橋の、往昔からのこうした深いつながりに因んで、毎年一月十日の「十日戎」の祭日に、この場所に仮設される古例を復興したものです。



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まず猿田彦を先頭として衣装を着飾った人々が大勢やってきました。
駕籠に乗る方々は船乗り込みにて参上します。
紅白幕に飾られた船が戎橋をくぐってやってきて行列出発地点に着岸しました。

出発のセレモニーが行われ、「ほえかご、ほえかご」という威勢のよい掛け声に乗って宝恵駕籠行列が始まりました。

たつみ演劇BOXは別の会場でイベントを行った後に宝恵駕籠行列に合流します。
私は本隊の出発を見届けた後、たつみ演劇BOXのセレモニー会場であるなんばパークスへ移動しました。

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そのチラシ
今宮戎神社「十日戎」宝恵かご道中
新春トーク&舞踊ショー たつみ演劇BOX
と書かれています。

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10時前になんばパークスJRA前に来ました。

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たくさんの方が集まっています。
熱心な方は8時から来ていたそうです。

この会場では豪華景品があたる福引きが行われます。
たつみ演劇BOXファン以外では福引目当ての方が来ているようです。

福引抽選券は限定200枚。
10時10分頃スタッフが抽選券を配布し始めると、皆がスタッフのもとに群がります。
私も群がった末に抽選券を入手しました。

10時20分セレモニーが始まりました。
だが、また両座長は到着していない。

今回の企画は、浪速区商店会連盟が主催し、朝日劇場とたつみ演劇BOXの協力により実現したものです。
まずは浪速区商店会連盟会長より挨拶がありました。
その後、議員さん2名と浪速区長が挨拶しました。
でもまだ両座長は到着していない。

司会がなんとか場つなぎしているところに、小泉たつみ・小泉ダイヤ両座長到着!

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挨拶する両座長

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たつみ演劇BOXによる舞踊ショー
会場には両座長だけでなくTEBオールキャストが集まり、劇場での舞踊ショーさながらのステージが行われました。

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11時頃舞踊ショーが終わった後はおまちかねの福引。
両座長が抽選箱から当たり番号をひきます。

残念ながら私ははずれ。

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さてなんばパークスでのセレモニーが終わり、いよいよたつみ演劇BOX宝恵かご道中。
まずは女形のダイヤ座長が駕籠に乗り込みます。

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まちに飛び出す旅役者(どこかできいたようなフレーズ)。

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近くの駐車場、いやモータープールというべきか、ここで駕籠に乗る人がチェンジ。
たつみ座長が駕籠に入り、宝恵駕籠行列本隊の到着を待ちます。

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賑やかに本隊の行列が到着しました。長い!
たつみ演劇BOX一行は本隊行列の中ほどに合流しました。

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TEB座員も一緒に街中を練り歩きます。
TEBファンもTEBを取り巻いて一緒に移動。

今宮戎神社が近づいてきたところで、すべての駕籠に乗っていた方々は駕籠を降ります。

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これがたつみ座長が載っていた駕籠。
たつみ座長は体が大きいのでずっとここにいるのが大変そうでした。

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ここからは全員歩いての行列となります。

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今宮戎神社
ここで行列はおしまい。
この後劇団の方々は祈祷を受けたそうです。

境内は参詣客で賑わい「商売繁盛で笹持ってこい」の掛け声が響き渡っています。

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福笹授与所
多くの参詣者はこの福笹を持ち帰ります。

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笹を受け取ったら福娘に飾り?をつけてもらいます。
我も我もと集まって福娘は大変そう。あと福娘を撮ろうとカメラを持って群がる男も多かった。

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私が驚いたのは、神社の外、参拝客が通る道路に並ぶ屋台の数。
こんなにたくさん、そしてこんなに長く屋台が並んでいるのは見たことがない。


この後、旅芝居専門誌KANGEKIを発行しているアトム株式会社オフィスを表敬訪問。
KANGEKIを作っている現場を拝見させていただきました。
もとは旅芝居関係では衣装ケースを扱っていたのが、今では広く大衆演劇関係の事業を手掛けるようになったそうです。
私にとって垂涎ものの、今はどこにも売っていない昔の大衆演劇関係誌が本棚に並んでおりました。
アトムスタッフの皆さまありがとうございました。

聞くところによると「えべっさん」は夜の賑わいがすごいとのこと。
異様なテンションの人々が街に溢れているらしい。
なるほど。だったら、それを見ずして大阪のえべっさんを見てきたとはいえないな。

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というわけで夜も今宮戎神社に来ました。

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この日は平日。当然夜の方が仲間で繰り出してくる人が多い。
昼間とはまた違った活気に満ちています。

多くの者がこぞって本殿の裏の壁をばんばん叩いている。
あそこを叩くとなにかご利益があるのだろうか?
私もわけもわからず波のうねりのような群衆に揉まれながら壁を触ってきました。


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さて、今回の大阪遠征で私は朝日劇場のたつみ演劇BOX公演も観ました。
朝日劇場のチラシのデザイン大好きです。

東京で見そびれていたあの「夜叉ケ池」が幸運にも私の滞在期間中にかかったのです。

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久しぶりの朝日劇場。

* * *

「夜叉ケ池」 
初演は数年前の辰巳小龍さんのお誕生日公演ですね。
すごい芝居だなと思いました。
まず大衆演劇でこれをやろうという志がすごい。さすが小龍さん。
泉鏡花の原作戯曲の台詞はとても難解だ。普段旅芝居役者が口にしている口調とはまるで違う。
大衆演劇役者にとってこの台詞を覚えるのは相当大変でしょう。
でも長い台詞をたやすく発しているたつみ座長すごい・・・。
舞台下手には大きな鐘楼。大道具の仕掛けにも感嘆した。朝日劇場のスタッフもすごい。
クライマックスは、これは本当に大衆演劇かと思わせる見事な照明と音響。大衆演劇の感想で「スペクタクル」という語を用いたくなる日がくるとは思わなかった。

いろいろすごいなと思ったのですけれど、正直申しまして私はこの芝居についてゆけていませんでした。
まったく予備知識なしで観てしまい、状況を追いきれず、鏡花の美文を味わう余裕がありませんでした。
ただ二役を演じた小龍さんには集中力を注いで観ていました。小龍さんの役者魂を感じているだけで私は幸せでした。

後日私は鏡花の原作戯曲を読みました。難しい。1913年(大正2年)に発表した戯曲とのこと。100年前との感覚の違いを埋める想像力が要求されます。

消化不良の観劇としないためには、鏡花の幻想世界に馴染んでおく必要がありました。
私は必ずや再度たつみ演劇BOXの「夜叉ケ池」を観たいと思います。そしてこの芝居にかける小龍さんの気合をしっかり受け止める自分でありたいと思います。

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舞踊ショーでの辰巳小龍さん

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この日は三河家諒さんがゲスト出演。
眷属の姥を演じました。

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たつみ演劇BOXの辰巳小龍さんは人生において「心技体」が充実している時期にいらっしゃるのだと思います。
また何かすごいものをやってやろうという気力と体力をお持ちでしょう。
そんな期待を持ちつつ、ふだんの公演においても常に完成度の高いパフォーマンスをされる小龍さんを応援し続けたいと思います。

道東の大自然と湖畔の観光ホテルと旅芝居 「ニュー阿寒ホテル」

道東の大自然と湖畔の観光ホテルと旅芝居 「ニュー阿寒ホテル」

朝早く羽田空港を離陸した飛行機の中で私はずっと眼下の景色を眺めていました。
飛行機は東北地方上空から海に抜け、やがて北海道中南部に差し掛かりました。
北海道の大自然と聞くと、どこまでも広い牧場やラベンダー畑を想像するけれど、それは人間が開発に成功したごく一部の土地なのだろう。眼下にゆっくり流れる風景はジオラマ模型のような樹林や峰の連なりばかりで、そこにはただうすら寒い寂寞だけが君臨している。人間の生活を寄せ付けないような、ましてや豊かな文化的生活など想像できない峻厳とした土地にも、ぽつりぽつりと建物や耕地のようなものが見える。あの畑を耕している人は上空を過ぎる飛行機の影が山肌を滑りゆくのを見て何か感懐を抱くのだろうか、などとそこに暮らす人々に思いを馳せながら私は眼下の風景に見入っていました。山間に糸を垂らしたように筋を引いている道路は、かろうじて何かの命をつないでいる細い血管のようだ。

今回の目的地の阿寒湖には大きな観光ホテルがたくさんあります。年間60万人が宿泊しているという。それだけ観光客が多ければ、受け入れる土地の住民も多く、経済も活発でそれなりの街が形成されているような気もする。

女満別空港へ向かう飛行機は阿寒湖近くを通るルートをとりました。注意深く観察していると、山の起伏の連なりの中に顔をのぞかせている阿寒湖の湖面とその脇にちょこんと存在している白い建物群が見えました。あれが阿寒湖温泉街だろう。しかしその周りにcityはない。他惑星に人類が作ったコロニーかのごとく、大自然の中に湖畔の建物群だけが小さくひっそりと佇んでいる。

なおも私は飛行機の小さい窓に頰を寄せていました。朝方の陽光を受けて輝いている山林が美しい。点在する湖の姿は神秘的で、太古に写し取った景色がそのまま保存されているかのようだ。私はアイヌ語で神とか霊的な存在を示すカムイという語を連想していました。

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北海道東部、北見と網走の間にある女満別空港への着陸に向け飛行機は高度を下げます。

今回目指すニュー阿寒ホテルでの大衆演劇初日は11月4日。公演地が北海道となると1日からの興行は無理でしょう。
私が北海道に降り立ったのは11月2日。週末の3連休の初日の土曜日です。2日と3日は大衆演劇から離れ観光の日としました。
網走や釧路には行ったことがあるので世界自然遺産の知床に行くことにしました。

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空港でレンタカーを借りる。
私はあまり運転が得意ではないですが、北海道のドライブはとても楽しい。信号がほとんどないし、他の車もあんまり見かけない。
写真はどこまでも続くように見えるまっすぐの道。

知床半島に入り最初の観光スポット、オシンコシンの滝を見る。
その後、知床観光の拠点ウトロへ。

私が携行していった「るるぶ知床阿寒」はカラフルな表紙・紙面で、観光者のウキウキ・ワクワク感を高揚するデザインに徹している。
そのイメージを覆すかのように、私の目に映ったウトロは「北の果ての地」を思わせる暗い陰を持った港町であった。
そう感じた大きな要因はこの季節および観光客の少なさであろう。
知床観光の大きな目玉であるクルーズ船は各社がほぼ10月までで運航を終えている。1月下旬からは流氷観光船が出るようで、つまり11月は船の観光のオフシーズン。さらに知床五湖は閉園間近で一部しか開放されていなかった。そして最高気温が10度を下回る晩秋の気候…。観光するにはさみしすぎる季節だったのです。

昼食。私は地元の方も利用するような食堂で郷土料理でも食せないかと思っていたのですが、事前リサーチできていませんでした。
観光案内所もある「道の駅うとろシリエトク」へ。ここは比較的新しくできたきれいな建物です。

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鮭とイクラの親子丼。
シーズンオフとはいえ観光地。るるぶに掲載されているのと同じインスタ映えするどんぶりがでてきました。
活気がなくさみしい道の駅の食堂で薄く切られた鮭の身を食べながら知床をどう観光するか考えていました。
知床のもうひとつの中心地羅臼にも行きたい。ウトロから羅臼まで知床横断道路を通って約40分。行って帰ってくる時間はあるけれど、他の観光スポットとの組み立てが難しいと考え、羅臼は明日の朝行くことにしました。

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世界遺産の原生林に囲まれた知床五湖へ。
この日は小ループというコースのみ開放されていました。もう数日後になるとそこも散策できなくなり閉園となります。
ウトロの天気は移ろいやすかった。ちょうど私が知床五湖に滞在した時間帯が曇りだったのが残念だ。

知床五湖の南西つまりウトロ方面には原生林はなく草原が広がっています。この地区は戦前・戦後に開拓者が切り拓いて入植した土地です。最盛期には60戸あったそうですが、土地の条件が悪く、1960年代に離農が進んで誰もいなくなってしまいました。開拓跡地は高度経済成長期の投機ブームの流れで乱開発の危機にありましたが、町が全国に土地買取の寄付を募った運動が実を結び、今では森への再生が進んでいます。
日本の果てのような土地に自らの居場所を求めていった人々がいた。畑作にも向かず水利の悪い土地で集落を営んでいた人々がいた。でも今は何もない草原。そこにはただ風が吹いているだけ。るるぶを携えレンタカーで快適に知床を走っていた私はしばしここで足を止めていました。

この後、フレペの滝、オロンコ岩、プユニ岬をめぐる。

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夕陽台から眺めた夕暮れのウトロの町。海に突き出している台形の巨岩がオロンコ岩。上に登ることができる。
残念ながらきれいな夕陽は見られなかった。

この日宿泊したのは、楽天トラベルでほぼすべてのウトロの町の宿を調べて吟味した末に決めた旅館。大きめのホテルの夜食はブッフェになるようで個人的にはあまり期待できない。心のこもった料理を出してくれそうな宿を選びました。
期待通り北海道の旬の料理を提供してくれるよい宿でした。宿の方が鮭をさばいて作ったというイクラの醤油漬けがなまら美味しかったです(使い方あってる?)。

翌日。本当は朝早く出かけて知床横断道路を渡って羅臼に行くつもりだったけれど、10/23~11/6は夜間通行止めで9:00以降にしか渡れないことに前日夕方に気付く。ちなみに11/7からは通行止めとなる。まあ渡れるだけよいかと思って9:00に出発するべく宿で準備をしていたらザーッというすごい音がした。宿を出て車を見るとたくさんの雹(ひょう)がフロントガラスに積もっている。

知床横断道路の入口で多くの車が立往生していました。どうやらさきほどの雹のせいで知床横断道路は通行禁止となったらしい。知床の冬の訪れがもう2時間ほど遅かったら羅臼に行けたのに、、、。この先私は大衆演劇場で羅臼の歌を聞くたびにこの残念さを思い出すであろう。

気を取り直して、中標津町の開陽台へ。ここはぐるっと地平線が見渡せる展望台として人気。
展望台の売店はやはり10月末をもって営業終了していた。

この後も観光スポットに立ち寄りながら阿寒湖へ向かってドライブ。

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とってもよく晴れた摩周湖

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硫黄山

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美幌峠から眺めた屈斜路湖

11月3日の夕刻、阿寒湖に到着しました。
ホテルに行く前に阿寒湖アイヌコタンを観光します。

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私は道東の旅は2回目。20年振りに阿寒湖アイヌコタンに来ました。このあたりの雰囲気は変わっていない(と思う)。
とある民芸屋さんで店主のおじさんと話していたら、奥様が大衆演劇ファンでニュー阿寒ホテルの公演を楽しみにしているとのこと。
我々は大衆演劇でアイヌ舞踊を観ますが、アイヌ集落の方が大衆演劇を観るというのは想像したことがなかったな。

この集落の奥に20年前にはなかった大きな建物がありました。
それは阿寒湖アイヌシアターイコ
イコロの「ロ」は、「ァ」や「ャ」のような小さい字にするのが正式な表記らしい。一体どう発音するのだろうか。

この日のシアターでは「ロストカムイ」という映像・舞踊ショーと「イオマンテの火祭り」というショーを時間をずらして公演しているようでした。「イオマンテ」の文字を観て私の中の大衆演劇スイッチが入ってしまったのは言うまでもありません。

ホテルにチェックインして夕食をいただいた後、アイヌシアターイコに行きました。

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「イオマンテの火祭り」の様子。
最後はお客さんも舞台に上がって、焚火の周りを回りながら踊ります。
公演の中でムックリという民族楽器が使われています。私はビヨ~ンという音がする口琴(こうきん)という楽器が好きでいくつか持っています。ムックリは口琴に似た竹でできた楽器です。大衆演劇のショーでもイヨマンテ演目の際に取り入れると面白そうだな、と思って観ていました。

北海道の旅2日目終了。
宿は、大衆演劇公演が行われるニュー阿寒ホテルはとれませんでした。
飛行機の窓から見た阿寒湖温泉街は大きな自然に比してこじんまりと見えたけれど、実際には大きいホテルがゴンゴン密集している。他の宿の確保に困ることはありませんでした。

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11月4日。大衆演劇公演初日。午前中は阿寒湖を船で観光します。

観光船は湖の複雑に入り組んだ界隈を遊園地のクルーズアトラクションのようにくねくねと運行した後、湖北部のチュウルイ島で乗客を降ろしました。

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この辺りの湖底にはマリモがたくさんいて、島にはマリモ展示観測センターがあります。

阿寒湖遊覧後、まだ時間が余っていたので町の観光客向けのメインストリートを散歩しました。
お土産屋や民芸品屋がたくさん並んでいます。

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素敵な外観のお店。ガラス越しに店内を見るととてもおしゃれな感じ。扉をくぐりました。

手作りのアイヌアート作品が展示されているお店。
私はアイヌ模様のデザインのカフスを買いました。
この店で驚きの展開が。

店主の女性とお話ししていたら、この方(Mさん)がディープな大衆演劇ファンであることが判明。
それどころか、ニュー阿寒ホテルの大衆演劇公演の際に、劇団の助っ人として投光などを手伝ったこともあるとのこと。
Mさんに北海道の大衆演劇事情についてお話をうかがいました。
まず、北海道には大衆演劇ファンが多いとのこと。とはいえ現在の北海道の公演地は、ニュー阿寒ホテル、定山渓ビューホテル、笹井ホテルの3か所。どさんこの熱心な大衆演劇ファンは東北地方の公演地まで遠征に行くのだとか。
若い世代にも大衆演劇の知名度があるようで、その理由は、修学旅行で秋田の康楽館に行って大衆演劇に出会うかららしい。康楽館がそんな素晴らしい役割を担っていたとは!ニュー阿寒ホテルにも高校生大衆演劇ファンがよく観劇に来るのだとか。
康楽館、定山渓ビューホテル、ニュー阿寒ホテルで公演を行うのは下町かぶき組の劇団。下町かぶき組は北海道の大衆演劇文化においてとても大きな存在なのです。

このお店を紹介しておきます。
AKANKO STYLE ART LABO
ホームページはこちら

Mさんにおすすめの観光スポットを聞いたところ、オンネトーという湖をとても推していました。季節によって表情を変える景色がとても美しいそうです。

この後、阿寒湖畔エコミュージアムセンターにも行き、いよいよ旅の目的地「ニュー阿寒ホテル」へ。

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ニュー阿寒ホテル
建物が横に長すぎて写真1枚に収まらない。

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阿寒湖畔には大きいホテルが多いが、このホテルはひときわ大きく見える。

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ホテル入口。
劇団三峰組の公演看板が出ています。

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大きなロビー。

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フロントで公演チケットを購入。

大衆演劇は地下1階の宴会場で行われます。

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地下1階廊下。この先右手が会場です。

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廊下の壁に芝居年表が貼り出されていました。
大衆演劇は平成23年11月から年に2回(主に11月と5月)行われています。
阿寒湖の観光シーズンは夏と湖面に氷が張る冬のよう。その合間の時期の集客イベントとして大衆演劇が採用されたのでしょうか。
ここでの公演は下町かぶき組が務めていますが、不思議なのは芝居の演目を1ヶ月に原則たった3本だけに絞って、それをローテーションしていること。
確かに地方で行われる単発の大衆演劇公演では全日程外題替えでないことが多い。同じ演目を3日ごとに変える、数本の演目をローテーションする、といった具合に。地方の単発公演では毎日でも来ようと思う常連さんは生まれにくいでしょうからそれでよいと思います。でも3本は少なすぎる。バラエティに富んだ芝居の持ちネタを日々替えながら上演出来るのが大衆演劇の強み。それを活かさないなんてもったいない。
もう少し演目を多くしてもそんなに劇団に負担にならないのではないか。劇団(あるいはかぶき組)とホテル側とでどういう合意形成があって「芝居は3演目」が決まったのだろう。
今回の公演チラシには「2泊5食マイカープラン税込17000円」」など2泊して3公演を観ることのできるプランがいくつか宣伝されています。こうしたお客さんをメインターゲットに考えたためH23の最初の公演時に3演目と決めたのではないか。毛色の違う3演目に固定すれば2泊のお客さんは確実に飽きずに3演目観ることができます。また演目数を絞っておけば、過去に行われた公演と演目がかぶらないようにするのは容易だ。毎年2泊プランで来ても飽きない、ということも計算しているかもしれない。
でもこれだけ公演を重ねてきたら地元の大衆演劇常連の方も増えてきたことでしょう。常連さんのリピート率を上げるために演目数を増やそうとは思わないのかしら?
歩合でなく委託費固定の公演地の場合(ここでの契約形態がどうかは知りません)、劇団にしてみたら演目が少ない方が楽でしょう。けれど、即興性の高い大衆演劇の舞台においてマンネリズムに陥った芝居はやる方も観る方もつらくなる可能性があるように思います(例えば私は「アドリブのふりをした予定調和の演技」を観るとしらけてしまいます)。

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大衆演劇場入口。
昼の部は13時に開場しました。

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後方より

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前方は座椅子席

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その後ろは椅子席

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広間後方

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花道

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正面から見た舞台幕

11月公演初日。この日を待ち遠しくしていたお客さんが集まります。

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公演中の様子

三峰組はこの公演地は2回目。5年振りになります。初日ですが、地元のお客さんと馴染んている印象を受けました。
この暖かい雰囲気が今月いっぱい続くことでしょう。

東京からとっても遠いところに来てみれば、いつもと変わらぬ大衆演劇の姿。
日本人のDNAには旅芸人を受け入れる心があり、日本のどこに行っても旅芝居は受け入れられるのでしょう。

ニュー阿寒ホテルでは昼と夜に公演がありますが、私は旅の都合で昼だけの観劇となりました。
劇団三峰組の公演を観終えて、私はまた北海道のとても空いている長い道路に車を走らせました。

(2019年11月探訪)
プロフィール

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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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