WIKIレンタル 大衆演劇探訪記 2017年05月
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博多の大衆演劇と十日恵比須

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その⑦
博多の大衆演劇と十日恵比須


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旅の最終日は博多で過ごします。

今日は博多新劇座でたつみ演劇BOXの公演を観ます。
お目当ては、今月末でもって産休に入る辰巳小龍さん。
小龍さんは来月からしばらく舞台にはお出にならないと思うので、是非当月中に観ておきたかったのです。

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新劇座の前の看板。

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新劇座場内。
規模もほどよく、舞台が見やすいように客席が設計されています。

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桟敷席

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この掲示もすごくいいなあ。

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前方

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後方
ちゃんと投光ルームがある劇場は少ない。

いろんな面を総合して博多新劇座はとてもよい劇場だと思います。

本日のお芝居は「伊豆の恋三味線」

なんと劇中で小龍さんとダイヤ座長が三味線を弾きます。そして小龍さんが唄う場面もある。
この芝居にあたるとは、なんてラッキーなんだ。
小龍さんは不幸な芸者役。小龍さんの唄がとてもよかった。うまいのはもちろんだが、何ともいえない哀切感を帯びていてじーんときます。

舞踊ショーでも小龍さんはいつもどおりのパフォーマンス。

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ダイヤ座長と小龍さんの相舞踊

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1つの踊りの中にストーリーが見える小龍さんの舞踊。
たつみ演劇BOXの舞踊ショーでは小龍さんがソロで何を出してくるのかがいつも楽しみ。そして必ず期待以上のものを見せてくれる小龍さんはすごい。

とても満足して小龍さんの一時的な見納めができました。

この公演を観たのは1月。
実はこのブログはそれから数ヶ月後に書いているのですが、その途中で、小龍さんのブログ(5/18)にて男の子出産の報告がありました!!おめでとうございます!!
男の子かあ~。気が早いが十数年後が楽しみだな~。親の血を受け継いで凄い役者になるんだろうな。

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ラストショー

さて、この日は1月10日。
西日本で1月10日といえば「十日えびす」、大阪では「えべっさん」ですね。
私は生まれ育ちが関東なので十日えびすにはまったくかかわったことがありません。

博多新劇座の近くには、その名も「十日恵比須神社」があり、この日はまさに正大祭の日でした。
たつみ座長は昼の部の公演の前に十日恵比須神社に行ってきたとのことです。

私も昼の部の後に十日恵比寿神社に歩いて行きました。

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すごい人出。

猿回しもでていてそれに目が行ってしまう。

十日恵比須は商売繁盛の神様(恵比須様)を祭る神事。
私は商売人ではありませんが、米俵の置物をお土産に買いました。

その後はホテルで荷物を受け取って博多駅へ。
お土産を買って、博多ラーメンを食して、新幹線のホームへ。

帰りの新幹線の中で、お酒を飲みながら、撮りためた写真を1枚1枚確認しました。これも旅の終わりの楽しいひととき。

1週間の旅が終わりました。
楽しい大衆演劇場めぐりの旅でした。

これからも多くの土地で大衆演劇に出会いたいなと思います。

(おわり)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須

かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その⑥
かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」


旅の6日目の朝、杵築市の宿を出て宇佐神宮へ。

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宇佐神宮は全国八幡社の総本宮です。
八幡大神は応神天皇の御神霊です。憤死した天皇の怨霊をおそれて祀った神社はいくつかありますが、生涯をまっとうした天皇を祀っている神社は宇佐神宮と明治神宮ぐらいしか見当たらないそうです。
八幡さまに仏教が習合した結果、宇佐八幡宮の祭神は八幡大菩薩となり(明治の廃仏毀釈でその名号が禁止されました)、武士に厚く信仰されました。特に、源義家が自らを「八幡太郎義家」と名乗るなど源氏の氏神として有名です。

八幡大菩薩は、大衆演劇ファンにとっては、三波春夫「決闘!高田の馬場」の中の安兵衛のセリフ「南無や八幡大菩薩、この安兵衛が行き着くまでは叔父の身の上守らせ給え、ばあさん!水だ!水をくれ!」でおなじみですね。
高田馬場の史跡の近くに穴八幡宮という神社があり、ここに高田馬場で行われていたという流鏑馬の像があります。安兵衛が「南無や八幡大菩薩」と言うのはここに由来があるのでしょうか。

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宇佐神宮の敷地は広大。
駐車場から表参道に出るとみえる大鳥居がその入口です。

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宇佐神宮上宮
「二礼四拍手一礼」が宇佐神宮の作法。

宇佐神宮の次は福岡県田川郡にある大衆演劇場「見聞劇場」を目指します。
調べたところによると、72km・95分のドライブとなります。
今回の7日間の旅の一番のトラブルはこの道中でした。
なかなか見聞劇場にたどり着かない!

見聞劇場の最寄駅である豊前川崎駅まではスムーズに着きました。
ところが、事前にプリントアウトしてきたグーグルマップに表示されている「見聞劇場」がある場所に行っても劇場がな見あたらないのです(※現在はちゃんと表示されています)。なぜグーグルマップで、劇場が違う場所に表記されていたのかは謎です。
昼の部開演の時間が迫っていました。あせってカーナビに見聞劇場の住所を入力し、カーナビの指示に従って進みました。住宅地をずんずん進み変だなと思っているところ、カーナビが「目的地に到着しました」と発した場所に劇場らしきものはありません。住所を入力し間違えたかと思い、再度カーナビに案内を頼むと、また別の場所に誘導されました。そこに行っても何もない。どうもこのカーナビは、人にものを聞かれて、それがわからなかったとしても「わかりません」とは言わず、「ここなんじゃね」と思いついた場所を適当に答えてしまうラテン系の性格らしいことがわかりました。演劇グラフに載っている見聞劇場の住所はスマホの地図アプリではヒットしません。おそらくこのカーナビにも登録されていなかったのでしょう。それならば案内せずに「該当の住所は登録されていません」と答えればいいものを、似た感じの別の住所に案内するなん迷惑なカーナビ君だ。カーナビに愚痴を言っていても仕方ないのでスマホで調べたところ、見聞劇場のfacebookがヒットし、そこに略地図が載っているのを見つけ、難を脱しました。

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豊前川崎駅と平行して走っている国道を、川崎駅からみて下り(南東)方面に進むと左側に幟が見えてきます。ここが見聞劇場です。

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上の写真とは逆方向から見た見聞劇場。

田川郡に隣接している田川市には2012年頃炭都劇場という大衆演劇場があったようですが2年たらずで閉鎖してしまいました。炭都劇場の名のとおり、田川はかつて炭鉱で栄えた町です。福岡県の中央部から北部にかけて広がっていた筑豊炭田は戦前から戦後しばらくにかけて日本一の石炭資産量を誇っており、炭鉱労働者とその家族が多く住んでいました。芝居小屋もたくさんあったようです。飯塚市の嘉穂劇場もそのような背景からできた劇場です。
炭鉱が非常に栄えた田川は旅芝居が大変な賑わいを見せた場所だったことでしょう。しかし、炭鉱はすべて閉山し、人口は減少し、人々の娯楽から旅芝居もなくなってしまいました。ところが近年になって、炭都劇場そして見聞劇場と大衆演劇場ができました。かつてこの地で旅芝居に親しんだ地元の方が生活しているうちに、つまり芝居文化が残っているうちに、大衆演劇場が復活したのはとても意義深いと思います。

しかも見聞劇場が、敷地も建物も大衆演劇場単独用途であることはとても喜ばしい。

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平屋の建物の道路側に見聞劇場n出入口があります。

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入口入って右が受付、左が靴箱。

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見聞劇場場内。

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後方は椅子席
床はフラットなので、後方の席の方は相当見えにくいでしょう。

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前方は座布団席、、、ん?

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座布団が隙間なく埋めつくされているのだけれど、これ、座布団ひとつが一人分のスペースということ?
気になって受付に置いてあった座席予約表を見ましたがやはりそういうことらしい。

お客さんがたくさんはいったときには、本当にこの座布団にお客さんを詰めて座らせるのでしょうか。
ちょっと信じがたいですね。

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花道

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劇場は飲食物持ち込み禁止。
そのかわりうどんやそばなどの軽食がとれるところがあります。

この日の公演は劇団勇舞。
勇 羅庵嘩 総座長
中村 時太郎 座長
の親子座長が率いる劇団。

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中村時太郎座長。

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勇羅庵嘩総座長

勇羅庵嘩総座長と中村時太郎座長親子の芝居のセリフまわしはリズムとメロディが心地よい。
日本の大衆演芸ならではの話芸だと思います。

この日のラストショーは、おお、「決闘!高田馬場」だ!

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幕を破って登場する安兵衛。

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〽のり屋の婆さんが差し出した~ 手紙を開く中山安兵衛~♪
ちっちゃなちっちゃなばあさん。

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「南無や八幡大菩薩、この安兵衛が行き着くまでは叔父の身の上守らせ給え!」
高田馬場を目指し、宙飛ぶごとく駆けてゆく安兵衛

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村上一門をやっつけてフィナーレ

見聞劇場の昼の部が終わり、今宵の宿泊地博多へ向かいます。
途中飯塚市の嘉穂劇場に寄って見学しようかとも思いましたが、見学時間に間に合わないかもしれないのでやめました。

夕方博多に到着し、小倉で借りたレンタカーを返しました。

大陥没したという博多駅前の道路の様子を見に行って、
夜は博多天神に繰り出して飲みました。

旅の6日目が終わりました。明日は最終日です。
(つづく)
(2017年1月)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須

神仏習合の里 国東半島旅行記

大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記その⑤
神仏習合の里 国東半島旅行記


旅の5日目。今日は中津を出発して国東(くにさき)半島を旅します。
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豊後高田は江戸時代から戦後高度成長期にかけて国東半島の中で最も栄え賑わった街。
時代はかわって往時の賑わいは失せてしまったようですが、活気があった昭和の時代の町の雰囲気を再現した「昭和の町」があるとのことで訪ねることにしました。

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昭和の町のアーケード。

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こんな昔風の商店がたくさんあります。商店街の総延長は550mもありました。
昭和の町を模したテーマパークはありますが、現役で営業している商店街全体を昭和にしてしまったという例は他にないのではないか。

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神仏習合発祥の地(宇佐神宮・国東半島)の看板があります。
宇佐神宮は八幡大菩薩として菩薩号を最初に冠した神社。
今日は神仏習合の郷をめぐります。

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雨にそぼ濡れるの商店街。

昭和の町を離れ、国東半島中央部の山の方に車を走らせます。

国東半島の宗教文化をわらわす言葉に「六郷満山(ろくごうまんざん)」があります。
国東半島の六つの村に所在する寺院を総称してこう呼びました。
六郷満山の寺々は多くが仁聞菩薩の開基と伝えられていますが、実は仁聞菩薩という菩薩は仏教の経典には存在しません。
宇佐神宮の神仏習合の思想の中から生み出されたらしいミステリアスな菩薩なのです。
宇佐神宮の中にはかつて弥勒寺という大きな寺があり(明治の廃仏毀釈によってなくなった)豊後と豊前に多くの荘園を支配していました。宇佐神宮の神宮寺(神社の境内にある寺のこと)である弥勒寺の影響下にある寺が国東半島にたくさんできました。
また国東半島は、奇岩奇峰が多く古くから山岳修験がさかんだった場所でもあります。修験には仏教伝来前からのアニミズムの影響もあるはずです。
神と仏が自然と融合した独自の仏教による六郷満山文化は奈良から平安にかけて花開きました。

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長岩屋川にある川中不動。

大分県は磨崖仏が多く、全国の約八割の磨崖仏があるそうです。中でも修験の地であった国東半島に多くの磨崖仏が残されています。
ほとんどの磨崖仏は誰が作ったのかわかっていません。川中不動は水害防止を祈念して作られたと言われています。

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川中不動のすぐ近くにある、天念寺(左)と身濯神社(右)。
同じ棟でつながっていて、まさに神仏習合の姿がありました。
天念寺は718年の開基。後ろには天念寺岩屋と呼ばれる岩峰郡がそびえ立ち、修験と祈願の寺院として栄えたそうですが、今では無住の寺となっています。

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川中不動の近くに小屋がありました。おじいさんがひとりでお土産屋を営んでいるようです。
妻ははちみつを購入。私は壁に鬼の面がかかっていることに気づき、これは何かと聞いてみると、天念寺でお行われる「衆正鬼会」という宗教行事で使用する鬼の面を模して、ある和尚さんが家庭用の魔除けのお面を作っていたとのこと。その和尚さんは亡くなってもう魔除けの面を作る人はいなくなってしまったそう。とても味わい深いお面だったので私は1つ求めました。

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お面は帰宅した後、玄関に付けました。

続いて、六郷満山の総寺院、両子寺(ふたごじ)を訪ねました。

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両子寺境内、奥の院に向かう階段。
鳥居が大きく、しかしとても自然に建っています。

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両子寺奥の院

次に訪ねた富貴寺の近くの食堂で昼食をとりました。

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だんご汁定食。
だんご汁は大分県の郷土料理でだんごを手延べした平べったい麺を味噌ベースの汁に入れたものです。

国東半島には、現存する九州最古の建造物があり国宝に指定されています。
それが富貴寺にある阿弥陀堂です。
富貴寺は六郷満山のなかでは末寺にあたります。寺は718年開基と伝えられていますが、阿弥陀堂の建立は浄土思想阿弥陀信仰全盛期の平安後期ではないかと推定されています。

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富貴寺の大堂(阿弥陀堂)。
「百寺巡礼」で五木寛之先生がとても興味深いことを取材しています。
富貴寺の境内には白山神社という神社があります。この神社やこの地域にあるお稲荷さんや金比羅さんなどが祀られている祠は富貴寺の管轄下にあって、神社のお祭りでは僧侶の袈裟を身につけた富貴寺の住職がお経をあげているそうです。
明治の神仏分離令の後もこのような文化が残ったのは神仏習合が深く根付いていた国東半島ならではのことでしょう。

この後、真木大堂へ車で移動、藤原時代作の9体の仏像を拝観。

真木大堂の次は日本一の雄大さを誇るという磨崖仏を見るためにさらに車で移動します。

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国指定史跡熊野磨崖仏へは駐車場からこのような石段を登って向かいます。

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熊野磨崖仏。
高さ約8mの不動明王像。
この写真には写っていませんが隣に高さ6.8mの大日如来像もあります。
いつ頃できたかのかは不明。鎌倉初期の文書にはそれらしき記述があるようで平安後期と推定されています。

熊野磨崖仏から少し進めば杵築市。
杵築といえば、大衆演劇場きつき衆楽観。
この日は恋瀬川翔炎座長が公演していたので夜の部に行こうと思いました。が、調べてみるとなんと劇場がある杵築の中心街に宿泊施設がみつからない。夜の部を見てから他の町に移動して宿泊することも考えましたが、ちょっとハードなスケジュールになってしまうので、大衆演劇はあきらめ、磨崖仏の近く杵築市にある宿に泊まりました。

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宿の近くにあった、観光案内所兼近所の集会所のようなところにきつき衆楽観のチラシがありました。

大衆演劇を観なかった分、夜はゆっくりできます。
温泉につかって旅の疲れを癒しました。
旅は終盤にさしかかりました。

(つづく)
(2017年1月)

■大衆演劇場と寺社仏閣をめぐる旅<山口・福岡・大分編> 旅日記 もくじ
1日目:映画シアターも大衆演劇場もあるサービス多彩な健康ランド 「くだまつ健康パーク」
2日目:山に囲まれた歴史ある温泉地の巨大娯楽施設付ホテル 「湯本観光ホテル西京 夢遊湯亭」
3日目:大衆演劇の灯を絶やさないために・・・ 小倉にオープンした待望の劇場 「宝劇場」
4日目:福岡と大分の境にある広大な複合施設の中の劇場 「湯の迫温泉 ぶらり劇場」
5日目:神仏習合の里 国東半島旅行記
6日目:かつて炭鉱で栄えた地に復活した旅芝居の文化 「見聞劇場」
7日目:博多の大衆演劇と十日恵比須
プロフィール

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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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