WIKIレンタル 大衆演劇探訪記 2015年08月
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安くて近くて庶民的 近所にほしい芝居小屋 「阪急庄内天満座」

安くて近くて庶民的 近所にほしい芝居小屋 「阪急庄内天満座」

大衆演劇の常打ち小屋で一番木戸銭が安いのは大阪新世界の浪速クラブ(1200円)だろう。
続いて同じく大阪のオーエス劇場、梅南座、木川劇場(1300円)。
大阪にはうらやましいことに安い劇場がたくさんあります。

そして2014年に木戸銭が安い劇場がまた大阪に誕生しました。
それは阪急庄内天満座(しょうないてんまざ)。
木戸銭1300円(前売券1100円)。
しかもこの劇場は駅のすぐ近く(徒歩1分)。
立地と木戸銭は申し分ない「大衆」演劇場です。

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阪急電鉄宝塚線庄内駅東口を出て右に行くとと歓楽街的にお店がひしめいているエリアがあります。
その中に強い存在感を放って庄内天満座の大きな建物が構えています。

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入口

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「切符売場」
場内外で目にする、色つきのの太い字で書かれた手書きの掲示。
新しいのになつかしい感じがする劇場。

この劇場がオープンしたのが2014年9月。
その後2015年3月に改修工事が行われました。
私が訪れたのはそのちょうど翌月の4月の公演です。

劇場のスタッフの方が、お客さんに「見てください、こんなに広くなりましたよ」と話しかけている。

新装開業の劇場内に入りました。

入るなり、おっと、と立ち止まった私。

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そこには

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柱が2本

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2本の柱といえば大宮のゆの郷を思い出す。
ゆの郷よりもだいぶ舞台に近いところに立っている。
ここを劇場にするとはなかなか思い切ったチャレンジです。

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天井は高くない。舞台は低め。

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花道

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舞台を見やすくするために段差をつけた客席

この日は劇団都の公演。
ちょうど「花舞台」の撮影が入った回でした。

1部ミニショー。
その後ロビーに出ました。生ビールを売っています。
この和やかな雰囲気が大衆演劇場のよさ。

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休憩時間中、「たこ焼きいかがですか」とスタッフの方が劇場内に売りに来ました。さすが大阪。
それを買い求めてたこ焼きを食べながら芝居見物しました。

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舞台のが低いので床面がよく見えます。

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ラスト舞踊。
都京弥座長と藤乃かな座長の相舞踊。


庶民的な雰囲気とサービス。
便利な場所、安い木戸銭。
こういう劇場が家の近所にあるといいなあと思います。

(2015年4月探訪)


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善光寺前立本尊御開帳と信州の大衆演劇場を訪ねて

善光寺前立本尊御開帳と信州の大衆演劇場を訪ねて

今年(2015年)は7年に1度の善光寺前立本尊御開帳の年。
秘仏であるご本尊の身代わりである「前立本尊(まえだちほんぞん)」は普段は宝庫で保管されているが、「御開帳」のときだけは本堂で拝むことができる。

今年の御開帳期間は4月5日~5月31日。
休日は相当混むに違いないから平日に休みをとって長野へ向かった。

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初めて乗るかっこいい北陸新幹線。とても乗り心地がよい。

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長野駅は御開帳色にあふれている。
善光寺まで30分くらいの道のりを歩いて行く。

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8時30分頃参道に着く。まだあまり混んでいない。

遠くに善光寺山門が見えてきた。その下に人だかりができている。
始めは何の行列かわからなかったが、以前善光寺を訪れた際の記憶が蘇ってきて、これが「お数珠頂戴」を待つ人々の列であることに気が付いた。

善光寺では法要が終わると、本堂からぞろぞろと住職さんがでてきて、そのうち一番身分が高そうな住職様が手に持った数珠で境内にいる参詣者の頭を撫でて功徳を与えてくださる。これをお数珠頂戴という。お数珠を受けたい参詣者は法要が終わる時間が近づくと本堂から並んで列を作る。住職さんが出てくると人々は頭を垂れて合掌、その前を住職様がお数珠で撫でながら歩いてゆく。
ちょうどお数珠頂戴のタイミングに善光寺に着いたようだ。ありがたや。

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御開帳のシンボルといえる回向柱(えこうばしら)が本堂の前に立っている。
回向柱と本堂の前立本尊とはひもで結ばれている。回向柱に触れることで前立本尊に触れるのと同じ功徳を授かることができる。

善光寺御開帳参拝のフルコース
・回向柱に触れる
・本堂の中で直接前立本尊を参拝する
・戒壇めぐり(本堂下の暗闇の回廊を進み、「極楽の錠前」を探り当てることができると、極楽浄土が約束される)
・御印文頂戴(本堂に善光寺如来の法宝を持った住職がいらっしゃって、頭にペタッとつけてくれる)
・資料館拝観

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御祈願を申し込み法要に参加する。
一般参拝者よりも前立本尊に近い場所(内々陣)でお経に立ち会うことができる。

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長野は絵解きがさかんな土地だそうで、
この日はたまたま長野郷土史研究会による「善光寺参りの絵解き」というイベントが行われていた。
これに出席して歩き疲れた体を休める。

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善光寺は無宗派の寺だが、天台宗と浄土宗の住職がいて、それぞれの寺院が周りに立ち並んでいる。
御朱印のページが1日でたくさん埋まった。
前立本尊御開帳期間限定の散華(さんげ)もいただく。

早めの時間に来たので、ほとんど待つことなくフルコースをこなすことができた。
昼近くになると団体さんがたくさんやってきて、場内のスピーカーでは、回向柱〇分待ち、などとアナウンスしている。
昼になると戒壇めぐりの待ち時間は1時間以上。早く来てよかった。(GWでは180分待ちもあったらしい)

善光寺を後にして、長野市の街を散歩しながら駅へ向かう。


講談・浪曲・大衆演劇でもおなじみの演目「忠次山形屋乗り込み(忠次と山形屋)」はこの辺りが舞台だ。

役人に追われて一人旅をしている国定忠治が善光寺街道を歩いていると身投げをしようとしている男に出くわす。
男は越後の百姓。年貢が払えなくなり、権堂にある郭、山形屋へ一人娘を売って50両の金を受け取った。ところが帰りにおいはぎにあって身代金の50両を奪われ、死ぬより他はないと思い詰めていたところだ。
おいはぎが山形屋の一味だと確信した忠次は山形屋に乗り込む。

権堂(ごんどう)は江戸時代から栄える長野市の中心街。
忠次関連の史跡?が残っている。

権堂の商店街のすぐ近くに、「忠次柳」という木があった。
忠次が山形屋藤蔵とやり合った際に忠次が投げた柳の小枝が育ったものだという・・・どこからそんな伝説が生まれたのだろう。

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国定忠治の墓もあった。
本当の国定忠次の墓は群馬県の養寿寺にある。そこから分骨してもらったとのこと。

昭和42年の善光寺御開帳の際に記念行事として国定忠治祭りが行われ、約100人が忠次一家の仮装行列をした、ということが墓の立札に記されている。
昭和42年頃はまだ一般の方にも国定忠次は馴染みのある人物だったのだろう。

長野駅に戻り、しなの鉄道に乗って次の訪問地へ向かう。

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電車で約25分南下して戸倉駅で降りる。
予約していたホテル方が車で迎えにきてくれた。

戸倉上山田温泉は善光寺参りの精進落としの地として親しまれてきた温泉地である。
バブルの頃は団体客で大変賑わっていたという。

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温泉街は千曲川(信濃川)沿いにある。

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宿泊するホテルの近く、千曲川河原近くから山の方を眺めると、山の上の方に大きそうな建物が見える。
善光寺大本願別院の観音寺である。
戸倉上山田温泉と観音寺は善光寺御開帳にあわせて「三世詣り」というキャンペーン企画を行っている。
善光寺にある本堂および大本願、そして観音寺の計三社を参拝して「前世・現世・来世」の三世つまり「先祖の供養・現世利益・極楽往生」を願いましょう、というもの。
朝に観音寺で行われる「お朝事」に参加するためのシャトルバスが温泉街から毎朝出発している。

ホテルで夕食をとった後、夜の温泉街を散歩する。

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バブルの頃はこの温泉街の夜はだいへんな歓楽街だったよう。
しかし今日は外を歩いている者はほとんどいない。

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なつかしい感じの射的屋さんがまだ何件か現役で残っていた。ちょっと遊んでみる。
この温泉街にある大衆演劇場、信州大勝館にのってる劇団のポスターが貼ってある。
店主のおばさんに聞くと、役者の子供がよく遊びに来るとのこと。おばさんもたまには見に行って、帰り際にその子役にご祝儀を手渡すのだそう。ご祝儀を渡す余裕があるほどの売り上げではないんだけどね、とも漏らしていたけれど、そういう心意気がこの昭和な雰囲気の歓楽街に息づいているような気がした。信州大勝館にのる劇団にとって温泉街のお店の方々との付き合いはきっと大事なことだろう。

翌朝5時03分、三世詣りを完遂するため観音寺行きのシャトルバスに乗る。

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観音寺の「お朝事」に参加した。
早朝に山中のお寺で心静かにお勤めをする。清らかな時間を過ごした気分。

ホテルに戻って朝食をとる。
その後、特にやることがない。

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こういうこともあろうと旅先に絵手紙セットを持ってゆくことが多い。
友人に千曲の風景を届ける。

さて、まだ時間が余っている。
あの山の観音寺よりさらに上の方に城山史跡公園という戦国時代の城の跡地があるようだ。そこに行ってみよう。
タクシーは使わず、坂道を汗だくになって登って公園へ向かった。

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山の上にある公園から見るとこのあたりの地形がよくわかる。

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東を見れば、この山と千曲川の間に温泉街の建物がひしいめいている。
大衆演劇場信州大勝館を探してみる。

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あったあった、下の方に見えるあの赤い壁?の建物がそうだ。

山を下りると、ちょうど大衆演劇昼の部の開場時間が過ぎたところだった。

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信州大勝館。
以前ここはストリップ劇場だった。バブルの頃はかなり客が入っていたと射的屋のおばさんが言っていた。

私がこの劇場にくるのは2度目だ。
信州大勝館は2013年1月末に一度閉館した。閉館する前に行っておこうと、大雪の日に東京から日帰りで観に来たのだった。
(そのときのブログはこちら

その後、大勝館は大衆演劇公演を再開して今に至っている。

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この日は桜川翔座長率いる劇団雪月花の公演。
初めてみる劇団。

この日は特別公演で座長がかなり活躍するよう。

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ロビー
アットホームな雰囲気がいいなあ

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相変わらず暗い開演前の場内

昼間もほとんど歩いている人がいなかった温泉街。
お客さんは十数人くらいかなと予想していたけれど、今日はかねてから告知してあった特別公演の日とあって、私の予想よりもだいぶ多くのお客さんが来た。
座長もほっとした様子。

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桜川翔座長

私は劇団雪月花を観るのは初めてだけれども、調べてみたら桜川翔座長は前に鳳凰座の公演で観たことがあるようだった。

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2011年9月鳳凰座公演@バーパス松劇場
左が当時の座長

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雪月花は若い劇団。これからどんどん良くなってゆくだろう。

大衆演劇昼の部の後、再び善光寺を目指して長野に向かう。

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戸倉駅に劇団雪月花の大勝館公演のポスターが貼ってあることに気づく。

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あの回向柱に再会。
夕方は参拝客がだいぶ少ない。

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本堂の夜間ライトアップ。
もっと暗くなるまで居たかったけれど、帰りの新幹線の時間がせまっているのでこの辺で。

善光寺参拝はやはり御開帳の日の方がはるかに楽しい。7年後の御開帳もきっとここを訪ねるだろう。
その頃、信州の大衆演劇事情はどのようになっているだろうか。

(2015年5月探訪)


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ありがとう、ゆの郷 関東の大衆演劇ファンの思い出の地 「大宮健康センターゆの郷」

ありがとう、ゆの郷 関東の大衆演劇ファンの思い出の地 「大宮健康センターゆの郷」

ゆの郷閉館

この噂を聞いたときはまさかと思ったけれど
どうも噂は本当だということがわかってきて
何か遣る瀬無いようなさみしさがこみ上げてきて。

大衆演劇にハマりたての頃は
いろいろな劇団を観てお気に入りの役者や劇団を見つけることが楽しかった。
東京・神奈川の大衆演劇場は、三吉演芸場以外は東京大衆演劇協会系の劇団を中心に関東に拠点をおく劇団が乗ることが多い。
だから東京からのアクセスのよい大宮の大衆演劇場ゆの郷に、関西で活躍している劇団を観に行くようになるのは必然だった。

東京の大衆演劇ファンにとって貴重な公演地「ゆの郷」は
この大衆演劇場探訪のブログにはいち早く紹介するべき劇場だと思ってはいた。
けれども、カメラのSDカードの管理がずさんだったために、ブログ用に撮った写真が行方不明になる、ということを2回も繰り返してしまい、ゆの郷は後手になってしまった。
そのうち書けばいいさと思っているところに、突然の、閉館のニュース。
2015年8月末をもって、ゆの郷は閉館してしまう。
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ゆの郷の最寄駅、宇都宮線東大宮駅は近年東京からのアクセスがとてもよくなった。
湘南新宿ラインを使えば新宿から乗り換えなしで着く。
上野東京ラインを使えば東海道線から乗り換えなしで着く。

ちょっと時間はかかるれど、のんびり本を読んだり、今日観る劇団のことを考えたりしながら北へ向かう電車に揺られていた。
ゆの郷遠征の思い出。

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東大宮駅にはゆの郷の送迎バスが30分おきに迎えにきてくれる。
右前方には黙々と通学バスに乗り込む芝浦工業大学生の一群が見えて。

送迎バスはゆの郷の入口のすぐ近くに停まる。
バスを降りて建物に入って靴箱に靴をしまってフロントへ、この間私の気持ちは急いている。
なぜなら劇場に入る順番を決める入場整理券を1番でも早く手に入れたいからである。
だけれども、他のお客さんと競争するようなふるまいはみっともないから、悠然とした態を保ちつつ無駄のない動きでフロントへ向かう。

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演劇場の入場時間は11時。それまで自由時間。
お風呂に入ってもいいし、お風呂を劇場の席取りの後にするのならとりあえず館内着に着替える。

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演劇場のある1階で演題を眺めたり。

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2階をぶらぶらしたり。

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集合時間の11時前、公演場所のレストラン平成前に集まって

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整理券を手にして並びつつ、どのあたりの席にしようかなあなどと考える。

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ゆの郷の客席は一般的なセンターにあるような低い長テーブルだから、隣りにお客さんがいると足を伸ばせない。
少し見にくくてもいいから足が伸ばせる場所がいい。

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もちろん喫煙席はダメだ。

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あと、あの柱。なんという曲者であろうか。
ゆの郷に来て早い番号の整理券が欲しくなってしまうのは、あの柱の存在感が自分の心に不安な翳を落としてるからかもしれない。

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それと、ゆの郷の舞台の天井は低い、故に舞台の高さも低い。故に客席にいると前の席のお客さんの頭が気になることが多い。
そういうことも考慮して、席取りをしなければならぬ。
特に写真を撮ることを楽しみにして来た場合は、ポジションにかなり気を遣う。

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・・・席を確保することで気苦労したくないので、ゆの郷にはあまり混んでなさそうな日に行くようになった。

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風呂上りにビールを注文して食事しながら開演を待つ。
このぐだぐだした感じとわくわくした感じがブレンドされた時間がいいんだ。

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ゆの郷の舞台は低い。
だから最前列だとすごく役者が近い。大衆演劇ならではのライブ感がよかったなあ。

思い出深いゆの郷の舞台。
もうすぐなくなって、本当に思い出の中にだけしか存在しなくなってしまう。

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宝海劇団 宝海大空(2011年6月)

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劇団飛翔 恋瀬川翔炎(2011年7月)

昔ゆの郷で観た忘れられない役者さんたちが脳裏によみがえる。

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ゆの郷のおかげで、大衆演劇ライフがより豊かなものになりました。
この思い出を大切にしてゆきます。

こちらからも、感謝をこめて、どうもありがとう。


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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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