WIKIレンタル 大衆演劇探訪記 2015年01月
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旅人で賑わった宿場町の近くにできた旅芝居の劇場 「島田蓬莱座」

「男はつらいよ」第22作「噂の寅次郎」の一場面。

広大な河原にかかる長い木の橋。寅次郎がひとり歩いている。橋の反対側から菅笠をかむった僧が歩いて来る。僧は寅次郎にすれ違うなり振り向いて、
僧    「もし、旅のお方」
寅次郎 「何か?」
僧    「まことに失礼とは存じますが、あなたお顔に女難の相が出ております。お気をつけなさるように」
寅次郎 「わかっております。物心ついてこのかた、そのことで苦しみぬいております」
僧    (だまって頷く)
寅次郎 (僧を片手で拝み)「では」(と立ち去る)
僧    (寅次郎に両手を合わせたのち去る)

このシーンのロケ地となったのが静岡県島田市にある蓬莱橋(ほうらいばし)。
江戸時代は交通の難所であった大井川に明治時代に架けられた橋で、「世界一の長さを誇る木造歩道橋」としてギネスに認定されているそうです。

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蓬莱橋

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橋の上から

2013年3月、蓬莱橋の近くに大衆演劇場「島田蓬莱座」がオープンしました。

島田蓬莱座の住所地名は「島田市御仮屋町(おかりやちょう)」
ウィキペディア「島田宿」の項にはこんなことが書かれています。

大井川の左岸(江戸側)にあるため、増水で大井川の川越が禁止されると、お伊勢詣りなどの江戸から京都方面へ上る旅客が足止めされ、さながら江戸のような賑わいをみせた。長雨により、滞在費と遊興費に所持金を使い果たすことも珍しくなかった。そのため、所持金が無くなったり宿が満員になった際に家を借りた名残で、島田の旧・東海道沿いには御仮屋という地名がある。

昔蓬莱座のあたりで旅人が宿を求めてうろついたりしていたのでしょうね。
大衆演劇の芝居でも使えそうなシチュエーションだ。

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島田蓬莱座は国道1号線沿いにあります。
劇場の最寄駅は東海道線六合駅(東京から見て島田駅のひとつ手前の駅)です。六合駅からはちょっと歩きます。
島田駅から送迎の車が出ています。

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看板
台数が限られていますが駐車スペースもあります

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正面

今回の探訪は私と妻と友人Lさんの3人。
この3人は川崎大島劇場での剣戟はる駒座倭組の公演を観て倭組のファンになり、島田蓬莱座で倭組の公演が行われる月にちょうどLさんに静岡での仕事が入り、このタイミングを利用して3人で蓬莱座に行くことにしたのです。

開演時間よりもだいぶ早く着いてしまった3人。腹ごしらえしておきたいなと思い、すぐには劇場内に入らず、近くにコンビニはないかと探しました。どうも近くにはコンビニはなさそう。
あきらめて劇場内に入りました。

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ロビーにかかっていた浮世絵
東海道五十三次 島田宿

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受付に食べ物が売っていました。
なあんだと3人。ここでやきそば等を買って腹を満たしました。

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おでんもありました。

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ロビーの机で休憩することができます。

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客席入口

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靴箱

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劇場内
前方は座椅子

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後方に椅子席があります

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劇場の座椅子と椅子

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花道

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貸出用の鳴子、カチカチ棒

庶民的な雰囲気でくつろげる劇場です。

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剣戟はる駒座倭組の公演

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はる駒座倭組のショーは寸劇が入ったりしておもしろい。

倭組は、独立したての2013年10月に同じ静岡県の焼津駅前健康センターで公演を行いました。
そこで倭組のファンになった方が島田蓬莱座まで観に来ていました。
倭組にやみつきになってしまうこと、よくわかります。

倭組の公演を楽しんだ3人は、もうしばらくこの界隈で遊ぶこととしました。
たまに仕事でこの辺りにくるというLさんが車で案内してくれました。

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吉田町にある松浦食品工場直売店。
この店のかりんとうは地元で有名だそう。「芋まつば」というさつまいものかりんとうの他たくさんお土産に買いました。

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Lさんおすすめのうなぎ屋「うな平」
ここ吉田町では古くからうなぎの養殖がさかんだったそうです。

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うな重をいただきました。

観光も大衆演劇も満喫した静岡旅行となりました。

(2014年4月探訪)

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オフィスビルの中のテーマパーク 「梅田呉服座」

芝居小屋「呉服座」を池田に復活させたオーナーが、自分が生まれ育った土地にも劇場を作りたいという思いをかなえ、
2013年5月に大阪の中心地梅田に大衆演劇場が誕生しました。
それが「梅田呉服座」です。

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梅田駅・大阪駅には広大な地下街があります。東京在住の私はこの地下街を歩くとたいてい自分の位置感覚を見失ってしまう。
梅田呉服座に行くには地下街のイーストモールにある「泉の広場」が目印。
ここからM14階段を上ります。

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地上に出るとすぐにプラザ梅田ビルがあります。
みてのとおりのオフィスビル。この中に梅田呉服座があります。大衆演劇の時代の流れを感じます。

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エレベーターで5階へ。

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梅田呉服座に入りました。
内装はとても和風・江戸風で大衆演劇場に来た気分を存分に味わえます。

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売店。
雰囲気がでていていいですね。

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場内。一目見て素晴らしい劇場だなと思いました。
洗練されたデザインといい、格調の高さといい、ここでも新しい時代の大衆演劇を感じました。

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左後方から。写真より実際現場で見た方が舞台が近く感じます。

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舞台

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公演中の様子。
最前列の客席より。
(広角で撮影したので人物が実際の見た目より小さく写っています)


私は、年輪を重ねて渋さがにじみだし朴訥な味わいを醸している下町の建物なんてのが好きですが、内装やデザインに趣向を凝らし「ふだんと違う世界」を演出している場にいることも好きです。ただし演出の結果「すべてが調和している」ことはとても大事です。
梅田呉服座の調和のとれた空間は、さながらオフィスビルの中のテーマパークといったところで、私を楽しい気分にさせてくれました。


ところで、梅田呉服座のあるビルは「曽根崎東」という交差点の近くに建っております。ビルの西および南に曽根崎の土地があります。
「曽根崎心中」ゆかりの地、お初天神=露天神社(つゆのてんじんしゃ)にも寄ることにしました。

近代的な大阪駅の近くにこんな庶民的な商店街があったのかと思わせるお初天神通り商店街を進みます。商店街のつきあたりが露天神社。

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お初と徳兵衛の像。

元禄16年(1703年)]4月7日、堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が露天神社の天神の森で情死する事件が起きました。この事件を近松門左衛門が「曽根崎心中」として劇化しました。
私は、徳兵衛:宇崎竜堂、お初:梶芽衣子、監督:増村保造の映画「曽根崎心中」に強烈な印象が残っています。情死のシーンに表現された哀切さ、画面の迫力に鳥肌がたちました。

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曽根崎心中ゆかりの碑

そういえば私は大衆演劇で曽根崎心中を観たことがありません。いつか梅田呉服座で曽根崎心中が観れたらいいなと思います。

(2014年6月探訪)

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41年ぶりに復活した芝居小屋 「池田呉服座」

「旅芸人のいた風景」(沖浦和光著)という本に著者の幼い頃の記憶として大阪、池田の芝居小屋の描写があります。
「池田の町は、有史以前から渡来系の機織(はたおり)が住みついた土地で、『日本書記』には呉服里(くれはのさと)とある」「池田は西国街道と丹波路へ通じる摂丹街道の分岐点にあって、古くから宿駅として賑わっていた」と池田の土地を説明しています。
池田には明治から呉服(くれは)座という芝居小屋があり、芝居・浪花節・活動写真等が行われていたとのこと。この本では特に「ドサまわりの歌舞伎興行」について触れています。
その呉服座は昭和44年に閉館となり、建物は愛知県の明治村に移築され文化財として保存されています。

2010年11月、41年ぶりにこの土地に劇場ができました。
それが大衆演劇場の池田呉服(ごふく)座です。
芝居好きのオーナーが私費を投じて閉館した映画館を改修し、呉服座が誕生したそうです。

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呉服座の最寄駅は阪急宝塚線池田駅です。
池田駅に「呉服(くれは)神社」の看板がありました。「服飾・繊維の神様」と書いてあります。そのとなりは呉服用品店の看板。歴史的に衣類を扱ったお店が多いのでしょうか。

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池田駅設置の案内地図に呉服座が追加記載されていました。

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池田駅

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池田駅前広場の掲示板。
大きいのは呉服座の大衆演劇公演ポスター。
小さいのは落語・お笑いの公演チラシ。池田にある「落語みゅーじあむ」でさまざまなイベントが催されているようです。

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駅の近くにあった観光掲示板。
池田市が観光に力を入れていることがわかります。
「池田呉服座」「落語みゅーじあむ」のほか、「インスタントラーメン発明記念館」という施設が紹介されています。世界発のインスタントラーメン「チキンラーメン」がここで誕生したそうです。

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駅前すぐのサカエマチ商店街を通って呉服座に向かいました。

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商店街を歩くと呉服座のポスターが目につきます。

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サカエマチ商店街を抜けるとほんまち通り商店街にぶつかります。
左折してしばらくほんまち通りを進みますと右手に落語みゅーじあむが見つかります。

時間に余裕があったので落語みゅーじあむに寄ってみました。
1階に寄席があります。2階には落語の音源を無料で視聴できるコーナーがありました。ここに来ればいくらでも時間つぶしができそうです。

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落語みゅーじあむのななめ向かい大きなビルの1階に池田呉服座がありました。

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昔の呉服座の面影を残したデザイン

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日が暮れて灯りがともりますとこのような風情をみせます。

呉服座に入りますとすぐ右手に受付、その向こうに休憩所があります。
机とテーブルがあるのはありがたい。小腹がすいていたのでたこ焼きを持ち込んでおりましたが、そのテーブルでいただきました。休憩所があるロビーには昔の呉服座の写真がいくつか並べられていました。それが興味深い。
例えば「公演中の舞台、歌謡ショーと生バンド」という写真。舞台と客席を横から撮った写真。賑わう客席の奥、下手側に2階建ての桟敷席。舞台には着物姿でギター?を持っている座員。スタンドマイクの前にいる座長と思しき座員の手には沢山の紙テープが握られていて、テープのもう片方の端は桟敷席のお客さんが握っている。昔の大衆演劇で「紙テープ」が使われていたというのは何かで読んだ気がするけれども、これはいったいどういうシチュエーションなのだろう。
「公演中の舞台、今では珍しい生バンド」という写真は、おそらく舞踊ステージのクライマックスなのであろう。多くの座員が日の丸の扇子を手に客席に向かって「決めポーズ」をとっている。舞台上手にはドラム、トランペットなどの生バンド奏者がいる。
藤山寛美と渋谷天外も旧呉服座で公演したのですね。お二人の写真もありました。

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劇場内の上手後方にロビーとの出入口があります。
大衆演劇場として大きすぎずちょうどいい広さだと思いました。

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客席を横から

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上手側にある桟敷席。
ゆったりとした肘掛椅子。ここで観てみたい。

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花道

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貸し座布団 無料

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貸しカチカチ棒 無料

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この日は浪花劇団の公演。近江新之介座長の女形。
むかし浪花劇団の公演を連日観ていたら座長に冗談ぽく「うちの劇団に入らない?」と声をかけられたことがあるなあ。

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凝った舞台装置と迫力ある演出そして座長の熱演、浪速劇団の公演を満喫しました。

ひとつの劇場がその土地の伝統として存続してゆくのはすばらしいことだと思います。親子幾世代にもわたって愛される劇場となるように「呉服座」の名前が広まってほしいと思います。

(2014年12月探訪)

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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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