雪が舞う芝居小屋の豚汁 「信州大勝館」
その日、東京は初雪が降りました。7年ぶりという大雪。高速道路は通行止め、鉄道は運転見合わせ、飛行機は欠航、普通のタイヤをはいた車が坂道を登れず何台も路上に置き去りになっている、そんな首都圏ニュースが飛び交っている頃、私は信濃路を旅していました。
早朝、東京の自宅を出た時はまだ雨。東京駅から乗り込んだ新幹線の車窓も埼玉県あたりでは普通の雨模様。軽井沢あたりだったでしょうか、気づけば外は白い世界。

上田駅で新幹線を降りて「しなの鉄道」というローカル線のホームに移動します。

上田駅から4駅目。戸倉駅に着きました。しなの鉄道のHPでは「信州最大の温泉郷戸倉上山田温泉」がこの駅のPRとして記載されています。

駅前。いかにも温泉郷の玄関口。駅員さんが雪かきをしています。
歩道に降り積もった雪にはまだほとんど足跡がついていません。足首を覆うくらい深い雪を踏みながら進まなくてはなりません。トレッキングシューズを履いてこなかったことを後悔しました。

戸倉上山田温泉は千曲市にあります。信濃川の長野県での呼称は千曲川。千曲川を越えます。

千曲川に架かる橋を渡ればもうすぐ温泉街。傘を差していても風に煽られた雪で鞄と服はすぐに白くなってゆきます。何度も雪を払いながら川沿いの雪道を一人歩きます。あたりは深閑として。


町の中心地に来たようです。旅館、スナック、居酒屋などがそこかしこにあります。なるほどかなり大きな温泉街です。しかし観光客らしき人、通行人もほとんどいません。人の気配といえば店の前で黙々と雪掻きしている姿がぽつぽつと。

目指す大衆演劇場「信州大勝館」ののぼりを見つけました。

信州大勝館をみつけました。おそらく劇場の方なのでしょう、雪掻きをしている方がいました。

屋根の上には「ロック座」の電飾。

裏道から見た大勝館。

ここにも「信州ロック座」の看板が。
ロック座といえば浅草のストリップ劇場。かつてここはロック座系列のストリップ小屋だったようです。
大衆演劇ファンにとって「大勝館」といえば浅草の大衆演劇場が馴染み深いでしょう。ウィキペディアによると浅草の大勝館は、浅草ロック座の経営者の手によって2001年に大衆演劇の興行が始まったとのこと。しかし浅草大勝館は2007年に休業(後に閉館)してしまいました。信州大勝館が浅草大勝館の姉妹店としてオープンしたのが2008年1月です。

1階に「喫茶大勝館」があります。

劇場正面。

「サービスタイム 舞踊ショーのみ ¥1,000」という掲示があります。芝居の後に入場すれば割引になるようです。

入口。
「本日の外題」と書かれたホワイトボードがあります。
しかしとにかく寒い。開場時刻までしばらく時間があります。近くの温泉施設で暖まりました。
13時開演なので12時30分が開場だろうと、30分すぎに再び劇場に来ました。劇場前に人だかりができています。なんと劇団員が出迎えをしていたのでした。劇団員の方が入口ドアを開けてくれました。信州大勝館では劇団員とお客さんのコミュニケーションや「近さ」を大切にしているようです。

入口扉を抜けると廊下。すぐ左手に受付があって突き当りが劇場入口。

廊下を反対側から。奥右手が受付。奥左手に「喫茶大勝館」への通用口があります。

開演時間まで喫茶大勝館で時間をつぶしてからここを通って劇場に入る方も多いでしょう。

貸出用のひざかけがたくさんあります。

次の土曜日に抽選会が行われるようです。その景品が陳列されていました。演歌のCD,カセット、ひざサポーター、ランタン型ラジオライトなど。

「21日カラオケ舞踊ショー申請用紙」が置かれていました。申請書には曲名や歌手名を書く欄があり、「音源持参の方に限ります」とのことわりがありました。どうもお客様が歌って座員がそれに合わせて踊る、ということのようです。ここではいろんな趣向でお客さんとの交流をはかっているのですね。
それでは劇場内へ。

薄暗い劇場内。ひっそりとしています。私以外誰もいないので当たり前ですが、何か地方独特の寂寥感みたいなものを感受します。

一般的なものよりおそらく薄手の生地の幕。清楚な草花に大きな余白。大衆演劇場らしい賑やかなデザインでないところが旅情に沁みます。

客席下手前方にストーブ席が設けられていました。いかにも「雪国の小屋」といった感じ。

右前方より。奥に見えるのがトイレ。ここは元ストリップ小屋だったからでしょうか、単独の女子トイレはありません。一つあるトイレが男女共用となっていますが、扉に入ってすぐ男子用小便器が並んでいます。

後方席。別々に持ち寄ったような、デザインが異なる座布団が商業的ならぬ庶民的味わいを出しています。

横から見ると床が傾斜していることがよくわかります。
ひととおり場内を眺め終わって着席していると、たまに座員さんが劇場内を通ります。そのたびに明るく声をかけてくれました。うすら寒さと温かさの同居。これぞ芝居小屋でしょう。
12時55分、開演5分前。客席には私一人。大衆演劇観劇の一番のスリルはこういう時間帯ですね。自分以外にお客は来るのか?お客さんが3人くらいだったらどうしよう。開演直前に人がいない時の落ち着かなさったらないです。
3分前くらいに何名かお客さんが入ってきて胸をなでおろします、きっと喫茶大勝館にいたのでしょう。常連らしい地元のおばあちゃんやおじいちゃんが「〇〇さんこないの?」「〇〇さんの席とっておこう」などと話合っています。どうやら「つ抜け」はしたようです。

第一部顔見せミニショー。
休憩を挟んで第二部お芝居。この日の外題は「恋の三度笠」
ベテラン役者はやっぱりうまい。演技はもちろんですが舞台とお客さんとの壁をなくし大きな暖かな場を生み出す術を知っています。
舞台に出始めたばかりと思われる中学生役者(女の子)も大事な役で登場。小学校学芸会レベルの演技に超棒読み。それをうまい役者がつっこんで楽しい場にしてしまうのが大衆演劇。

第二部が終わって休憩時間。
廊下に劇団員のアンケートが張り出してありました。私は全国の大衆演劇場を訪れるたびに、何で劇団員のプロフィールがわかるものを劇場内に用意していないのだろう、と疑問に思っていました。お客さんに覚えてもらっての役者さんではないでしょうか。ここ信州大勝館でやっとそのような取り組みを目にしました。
座員の皆さんが、出身地・初舞台(の年齢)・尊敬する人・趣味・お客様へ一言などの質問に答えています。

プロフィールを読んでいたら、劇場の方が「どうぞ」と言って豚汁を渡してくれました。喫茶大勝館で作った豚汁を無料でお客様にふるまっているようです。寒い日に暖かな豚汁。美味しくいただきました。
ここ信州大勝館はいろんなところにアットホームさを感じます。
客席に戻り、第三部舞踊ショーを待ちます。場内が暗くショー開始を告げる音楽が流れている時、私の左の掌になにかやわらかいものが押し付けられました。それはみかんでした。劇場の方がみかんを配付していたのです。「どうぞ」と言って渡すのではなく、客がどこを見ていようが早業で手にみかんを握らせる、こういうざっくばらんなお客と劇場のやりとりは都会ではほとんど味わえないでしょう。

舞踊ショー。子役2名も登場。

座長の女形。
舞踊ショーが終わって本日昼の部の公演は終了。座員さんは衣装を着ているので外での送り出しはできません。先ほどの廊下での送り出しとなりました。
劇場前に車が3台停まっていてそれに乗ってお客さんが帰ってゆきました。どのあたりから観にいらしているのでしょう。
雪国の劇場の経営は大変だろうなと思います。劇場のブログによると、この日劇団座長も劇場周辺の雪かきをしていたそうです。
外は傘をさすのがやっとの強い横風。寒さは増しているようです。

駅に向かう途中で国民温泉なる施設があったので入りました。源泉かけ流し、300円。
この後帰京。日帰り長野大衆演劇探訪の旅は終わりました。
信州大勝館は2013年1月28日の千秋楽をもって閉館します。
商売を感じさせない地元に根付いた庶民的な芝居小屋がなくなってしまいます。とても残念なことです。
(2013年1月探訪)
早朝、東京の自宅を出た時はまだ雨。東京駅から乗り込んだ新幹線の車窓も埼玉県あたりでは普通の雨模様。軽井沢あたりだったでしょうか、気づけば外は白い世界。

上田駅で新幹線を降りて「しなの鉄道」というローカル線のホームに移動します。

上田駅から4駅目。戸倉駅に着きました。しなの鉄道のHPでは「信州最大の温泉郷戸倉上山田温泉」がこの駅のPRとして記載されています。

駅前。いかにも温泉郷の玄関口。駅員さんが雪かきをしています。
歩道に降り積もった雪にはまだほとんど足跡がついていません。足首を覆うくらい深い雪を踏みながら進まなくてはなりません。トレッキングシューズを履いてこなかったことを後悔しました。

戸倉上山田温泉は千曲市にあります。信濃川の長野県での呼称は千曲川。千曲川を越えます。

千曲川に架かる橋を渡ればもうすぐ温泉街。傘を差していても風に煽られた雪で鞄と服はすぐに白くなってゆきます。何度も雪を払いながら川沿いの雪道を一人歩きます。あたりは深閑として。


町の中心地に来たようです。旅館、スナック、居酒屋などがそこかしこにあります。なるほどかなり大きな温泉街です。しかし観光客らしき人、通行人もほとんどいません。人の気配といえば店の前で黙々と雪掻きしている姿がぽつぽつと。

目指す大衆演劇場「信州大勝館」ののぼりを見つけました。

信州大勝館をみつけました。おそらく劇場の方なのでしょう、雪掻きをしている方がいました。

屋根の上には「ロック座」の電飾。

裏道から見た大勝館。

ここにも「信州ロック座」の看板が。
ロック座といえば浅草のストリップ劇場。かつてここはロック座系列のストリップ小屋だったようです。
大衆演劇ファンにとって「大勝館」といえば浅草の大衆演劇場が馴染み深いでしょう。ウィキペディアによると浅草の大勝館は、浅草ロック座の経営者の手によって2001年に大衆演劇の興行が始まったとのこと。しかし浅草大勝館は2007年に休業(後に閉館)してしまいました。信州大勝館が浅草大勝館の姉妹店としてオープンしたのが2008年1月です。

1階に「喫茶大勝館」があります。

劇場正面。

「サービスタイム 舞踊ショーのみ ¥1,000」という掲示があります。芝居の後に入場すれば割引になるようです。

入口。
「本日の外題」と書かれたホワイトボードがあります。
しかしとにかく寒い。開場時刻までしばらく時間があります。近くの温泉施設で暖まりました。
13時開演なので12時30分が開場だろうと、30分すぎに再び劇場に来ました。劇場前に人だかりができています。なんと劇団員が出迎えをしていたのでした。劇団員の方が入口ドアを開けてくれました。信州大勝館では劇団員とお客さんのコミュニケーションや「近さ」を大切にしているようです。

入口扉を抜けると廊下。すぐ左手に受付があって突き当りが劇場入口。

廊下を反対側から。奥右手が受付。奥左手に「喫茶大勝館」への通用口があります。

開演時間まで喫茶大勝館で時間をつぶしてからここを通って劇場に入る方も多いでしょう。

貸出用のひざかけがたくさんあります。

次の土曜日に抽選会が行われるようです。その景品が陳列されていました。演歌のCD,カセット、ひざサポーター、ランタン型ラジオライトなど。

「21日カラオケ舞踊ショー申請用紙」が置かれていました。申請書には曲名や歌手名を書く欄があり、「音源持参の方に限ります」とのことわりがありました。どうもお客様が歌って座員がそれに合わせて踊る、ということのようです。ここではいろんな趣向でお客さんとの交流をはかっているのですね。
それでは劇場内へ。

薄暗い劇場内。ひっそりとしています。私以外誰もいないので当たり前ですが、何か地方独特の寂寥感みたいなものを感受します。

一般的なものよりおそらく薄手の生地の幕。清楚な草花に大きな余白。大衆演劇場らしい賑やかなデザインでないところが旅情に沁みます。

客席下手前方にストーブ席が設けられていました。いかにも「雪国の小屋」といった感じ。

右前方より。奥に見えるのがトイレ。ここは元ストリップ小屋だったからでしょうか、単独の女子トイレはありません。一つあるトイレが男女共用となっていますが、扉に入ってすぐ男子用小便器が並んでいます。

後方席。別々に持ち寄ったような、デザインが異なる座布団が商業的ならぬ庶民的味わいを出しています。

横から見ると床が傾斜していることがよくわかります。
ひととおり場内を眺め終わって着席していると、たまに座員さんが劇場内を通ります。そのたびに明るく声をかけてくれました。うすら寒さと温かさの同居。これぞ芝居小屋でしょう。
12時55分、開演5分前。客席には私一人。大衆演劇観劇の一番のスリルはこういう時間帯ですね。自分以外にお客は来るのか?お客さんが3人くらいだったらどうしよう。開演直前に人がいない時の落ち着かなさったらないです。
3分前くらいに何名かお客さんが入ってきて胸をなでおろします、きっと喫茶大勝館にいたのでしょう。常連らしい地元のおばあちゃんやおじいちゃんが「〇〇さんこないの?」「〇〇さんの席とっておこう」などと話合っています。どうやら「つ抜け」はしたようです。

第一部顔見せミニショー。
休憩を挟んで第二部お芝居。この日の外題は「恋の三度笠」
ベテラン役者はやっぱりうまい。演技はもちろんですが舞台とお客さんとの壁をなくし大きな暖かな場を生み出す術を知っています。
舞台に出始めたばかりと思われる中学生役者(女の子)も大事な役で登場。小学校学芸会レベルの演技に超棒読み。それをうまい役者がつっこんで楽しい場にしてしまうのが大衆演劇。

第二部が終わって休憩時間。
廊下に劇団員のアンケートが張り出してありました。私は全国の大衆演劇場を訪れるたびに、何で劇団員のプロフィールがわかるものを劇場内に用意していないのだろう、と疑問に思っていました。お客さんに覚えてもらっての役者さんではないでしょうか。ここ信州大勝館でやっとそのような取り組みを目にしました。
座員の皆さんが、出身地・初舞台(の年齢)・尊敬する人・趣味・お客様へ一言などの質問に答えています。

プロフィールを読んでいたら、劇場の方が「どうぞ」と言って豚汁を渡してくれました。喫茶大勝館で作った豚汁を無料でお客様にふるまっているようです。寒い日に暖かな豚汁。美味しくいただきました。
ここ信州大勝館はいろんなところにアットホームさを感じます。
客席に戻り、第三部舞踊ショーを待ちます。場内が暗くショー開始を告げる音楽が流れている時、私の左の掌になにかやわらかいものが押し付けられました。それはみかんでした。劇場の方がみかんを配付していたのです。「どうぞ」と言って渡すのではなく、客がどこを見ていようが早業で手にみかんを握らせる、こういうざっくばらんなお客と劇場のやりとりは都会ではほとんど味わえないでしょう。

舞踊ショー。子役2名も登場。

座長の女形。
舞踊ショーが終わって本日昼の部の公演は終了。座員さんは衣装を着ているので外での送り出しはできません。先ほどの廊下での送り出しとなりました。
劇場前に車が3台停まっていてそれに乗ってお客さんが帰ってゆきました。どのあたりから観にいらしているのでしょう。
雪国の劇場の経営は大変だろうなと思います。劇場のブログによると、この日劇団座長も劇場周辺の雪かきをしていたそうです。
外は傘をさすのがやっとの強い横風。寒さは増しているようです。

駅に向かう途中で国民温泉なる施設があったので入りました。源泉かけ流し、300円。
この後帰京。日帰り長野大衆演劇探訪の旅は終わりました。
信州大勝館は2013年1月28日の千秋楽をもって閉館します。
商売を感じさせない地元に根付いた庶民的な芝居小屋がなくなってしまいます。とても残念なことです。
(2013年1月探訪)