WIKIレンタル 大衆演劇探訪記 2012年05月
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城下町に復活した芝居小屋 「きつき衆楽観」

大分県杵築(きつき)は江戸時代譜代松平3万2千石の城下町として栄えました。
杵築の観光パンフレットには「九州豊後路の小京都」のキャッチフレーズが書かれています。
「きものが似合う歴史的街並み」にも全国初で認定されたのだそうです。

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日豊本線JR杵築駅。ここからバスに乗って杵築の中心地へ行きました。

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このとおりJRの本数はとても少ない…。旅のプランを立てるのも一苦労です。

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杵築駅のごみ箱。「本日もごみを入れて頂きましてたいへんありがとうございます」へりくだりすぎのような気がしますがこの地域の方のお人柄なのでしょうか。

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ここが杵築のメインロード…といっても賑やかも雑然さもない整然とした通りです。

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城下町マップ。横長のメインロードが商人の町。その上方下方それぞれの高台に武家屋敷のある道があります。
パンフを開くと「日本唯一!?のサンドイッチ型城下町」というコピーが書かれています。

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武家屋敷周辺

きつき城下町資料館に行きました。
何故杵築で大衆演劇が行われるようになったのかが理解できる展示がありました。以下のようなことが書かれています。

江戸時代には「杵築芝居」と呼ばれた座があり、諸国を巡業して操り人形劇や歌舞伎を演じたり奉納芝居を行ったりしていた。もともと中世に呪術儀礼を行っていた人々が芝居を演じるようになったといわれている。
明治時代に杵築芝居は全盛を誇り、有名な三つの座は中国・四国地方や朝鮮半島、中国大陸にまで巡業を行い人気を博していた。

とのこと。「衆楽観」は芝居全盛だった明治にできた芝居小屋の名なのです。オリジナルは昭和28年に閉館となりましたが、平成21年に「きつき衆楽観」としてこの地に芝居小屋が再建されたのだそうです。
帰りのタクシーの運転手さんがお年を召された方だったので衆楽観について聞いてみたところ、子供の頃は昔の衆楽観があった…という話をしてくださいました。

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この坂はサンドイッチ型の様子がよくわかり時代劇やロケでよく使われるそうです。ちょうどそこを歩いているときに、前方に股旅姿の男一人を発見。彼は坂をこちらに歩いてくるではないか。なんだろ?と思って訪ねると観光案内の方でした。衣装は衆楽観から借りたとのこと。せっかくなので記念写真を撮らせていただきました。顔はNGとのことで横向きでパシャリ。

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高台から海の方を臨む。遠くに杵築城が見えます。
この海にはカブトガニが生息していて杵築のシンボルとなっているようです。

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マンホールにもカブトガニが。

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ここが「きつき衆楽観」
大正時代の酒蔵を改修した観光交流センターです。

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1階の土産物屋さん

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2階にお食事処があります。

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大衆演劇場入口横の下駄箱

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会場内。細長い部屋です。

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ごみ箱。「しょうじきのごほうびにきれいなジャンアンをあげましょう」の絵が。

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前方が座布団席。その後ろが椅子席。

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舞台前から後方を見たところ

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公演中の様子

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豚まんをかなりアピールして売っていました。「酒蔵づくり」とのこと。
地元杵築の名物ではないようです。酒蔵つながりで何かあるのでしょうか。

城下町のよき風情を残した町。
杵築のシンボルとして芝居がますます盛り上がることを祈っています。

部分としていかにも、全体として個性的 「満座劇場」

大阪にはたくさんの大衆演劇場があります。近年もいくつか新しい大衆演劇場が生まれました。なぜ大阪は東京に比べてこんなにも大衆演劇の土壌が豊かなのだろう。
しかしそんな大阪でも消えてゆく大衆演劇場もあります。昨年箕面温泉スパーガーデンでは営業方針転換のために大衆演劇公演がなくなりました。そして演劇グラフ2012年6月号に「満座劇場は5月30日にて閉館」の記載が。
普段通っているわけではありませんが、個人的にはこの2劇場がなくなってしまうのは残念でなりません。

私は1度だけ満座劇場に行ったことがあります。その時の記録をレポートします。

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地下鉄中央線「深江橋」駅を降りてすぐ満座劇場に掲げられた幟が見えてきます。

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正面。雰囲気がよくでた建物です。

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券売機

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左受付、右劇場。ちょっとかわった入口。

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中もちょっとかわっている。前方は畳の上に座椅子。その後方はジュータンのみ、

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緞帳。明るくまた大衆演劇らしいデザイン。

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前方。座椅子は簡素。

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後方ジュータン。大入りのときはここにもお客さんがたくさん入るのでしょうか。

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その後方がこのような感じ。
下駄箱の上に投光場所。その横にも座席。
やっぱりかわっている。
奥に売店コーナーが見えます。

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下駄箱。簡素イズベスト。

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売店。おでんや牛すじを売っているのが大衆劇場らしくていいですね。

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その近くに設けられたささやかな喫茶コーナー。

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大衆演劇場ではどこも前の席の人の頭が気になってしまうもの。この後方席は高くなっているので舞台全体がよく見えます。

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後方の紅い席から見た舞台

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送り出し

部分部分は大衆演劇的なのですが、全体としてみると独特の雰囲気を持つ劇場。
もう少し通ってみたかったです。
(2011年11月)

激安温泉&観劇ツアー 「湯けむり会館」

「おおるりグループ」が以下のような那須塩原温泉旅行プランを提供していました。

東京からの往復バス料金+温泉ホテル1泊2食+食べ放題・飲み放題+舞踊ショー+大衆演劇

これでなんと7,100円。2名以上で参加なら1人6,100円!

なんて安いのだろう。その安さの秘密も気になるが、どのように大衆演劇が行われているのかがもっと気になる。
大衆演劇場めぐり人の私は独りで行ってみることにしました。

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新宿駅西口。高層ビル群の下のバスターミナルで指定のバスに乗り込みました。8:00出発。

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バスの後方の席はこのように座席の間隔がゆったり。なんて快適な観光バス。

バスは12時30分頃那須塩原に到着し、それぞれのホテルにお客さんを降ろします。
14時から近くの「湯けむり会館」で舞踊・歌謡ショーがあるとのこと。送迎バスも来てくれますが、温泉街を散歩がてら歩いて行くことにしました。

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おおるりグループは塩原にいくつもの温泉ホテルを経営しています。
私が利用したのは「塩原温泉ホテル」。写真は「湯けむり会館」に最も近い「ホテルニュー八汐」。

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中央に見えるのが、舞踊・歌謡ショーや大衆演劇が公演される「湯けむり会館」。

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会館のとなりには、つげ義春の旅漫画を思い起こさせる侘しいたたずまいの露店がありました。

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正面入口。

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おおるりグループのホテル利用者でなくても500円払えば観劇できるようです。

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玄関。ゴミ箱にビニール袋が入っています。これに靴を入れてお上がりくださいということでしょう。
この横が受付。私が行った時は誰もいなかった。おおるりグループの客かどうかを識別する仕組みも特にないようです。このゆるさがいい感じです。

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ここが会場。外観のイメージより広く感じます。テイストはザッツ日本の宴会場です。紅白の蛍光灯がしゃれています。

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左前方から見たところ。この日は平日。温泉街を歩いている人はほぼいません。お客さんなんか来るのかなあと思っていましたが、皆さんホテルのバスで移動するらしくぼちぼちお客さんが集まっていました。

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係の方がお茶セットを用意してくださいます。
いかにも日本の集会所。ここで行われる芝居はまぎれもなく「大衆演劇」でしょう。

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舞台。きれいに使われているようで古さは感じません。

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舞踊ショー。
始まってしまえば雰囲気は健康センターと変わりません。

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ショーが終わって、お客さんは会館前で待ち構えていたバスにぞろぞろと乗り込みます。
バスの発着の時だけはあの露店にも活気が訪れます。

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那須塩原に「スープ入り焼きそば」というご当地グルメがあると聞き、温泉街を歩いて店を見つけました。
ソースラーメンといったところでしょうか。黒胡椒と酢を入れるとぐっとうまくなります。

夜はホテルのバイキング。ここでは食事開始時間が決まっています。私が行くと食堂にたくさんのお客さんが集まっていて、ブッフェコーナーには長い行列。アルコール(ビール・焼酎・日本酒)も飲み放題ということが驚き。ドリンク係りのお兄さんが一人で担当していて、てんやわんや。酒を入手するのに多少の時間がかかる。お客さんのほとんどが高齢の方で、そんなに多く食べる方も飲む方もいません。皆さんビール1杯くらいしか飲まない。ビール飲んで冷酒をおかわりしているのは私くらい。食べ放題・飲み放題といっても客層的にそんなにコストはかからないのでしょう。食堂にいたお客さんは自然と早い時間で部屋へ帰っていきます。ゆっくり飲もうなどと思っていた私はいつの間にか取り残されてしまい、店員さんが片づけモードにはいりつつある食堂で落ち着いてもいられず、食堂を退散し、自販機で缶チューハイを買って部屋で飲みました。作戦ミス。よく見ると食事時間は1時間しか設定されていないようです。

翌朝はチェックアウトして、ホテルのバスで湯けむり会館へ移動。10:00から大衆演劇を観て、終演後またバスに乗って東京へ帰る、という流れ。

今年になって草津温泉への観劇パックも復活したようです。
なおこのブログに掲載している料金は私が訪ねた2011年10月のものです。実際の金額はおおるりグループのHPでご確認ください。

時代とともに大衆娯楽の様相も変化してゆきます。全国各地でさまざまな形態で息づいている大衆演劇の新たな一面を見た思いがしました。

現存する日本最古の木造芝居小屋 「康楽館」 <場外編>

現存する日本最古の木造芝居小屋「康楽館」は秋田県鹿角郡小坂町にあります。

康楽館は明治43年に小坂鉱山で働く人々の厚生施設として完成しました。

小坂鉱山は江戸末期から開発が始まり、明治中期に革命的な精錬方法を造りだし当時世界第一級の溶鉱炉が完成してからめざましく発展しました。明治40年には鉱産額全国一を記録し、小坂町には水力発電により秋田県内初の電灯が灯り、上水道、電信電話、病院、鉄道などの社会資本を鉱山会社が整備したそうです。

歌舞伎芝居小屋として建てられた康楽館は、桟敷、花道(本花道・仮花道)、切穴(すっぽん)、回り舞台、奈落などを備えていました。大正期には新劇が上演され、昭和に入ってからは映画が上映されるなど、幅広い用途の娯楽場として賑わいました。
建物の老朽化やカラーテレビの普及により昭和45年に一般の興行は中止となりました。その後、町に康楽館復活の声があがると、施設は鉱山会社から町へ移管され昭和60年に修復工事が始まりました。
昭和61年の再オープンから大衆演劇の常設公演を中心にさまざまな公園が行われてきました。

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近くに鉄道の駅はありませんので車かバスで行くことになります。
私は秋田駅から車で行きました。約135kmの道のりです。
「樹海ライン」を進むと康楽館の案内看板と幟がみえてきました。

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廃線となった小坂鉄道の終点小坂駅がすぐ近くにあります。

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樹海ラインを左折、康楽館までの道の両側には賑やかに幟が並んでいます。

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康楽館に着きました。正面に立ってちょっとびっくり。モダンな洋風建築。予想以上の豪壮さ、美しさ。

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実は康楽館は和洋折衷の建物。横からみるとそれがよくわかります。

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正面から見えない部分はこのようにとてもレトロな「和」です。

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康楽館の背後。小川が流れ草木が風にそよぎいたってのどか。

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近くの鉱山事務所(この建物もすばらしい)の2階から康楽館の方を見やる。
のどかというか閑散としているというか。小坂町の最盛期はここから見た景色はもっと賑やかだったのでしょうか。
ここで毎日芝居が上演されているという。どんな芝居が行われどんな人が観に行っているのでしょう。
<場内編>へ続く

参考文献:星雲社「ザ・康楽館」
プロフィール

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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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