WIKIレンタル 大衆演劇探訪記
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北九州市にあるリゾートホテルで旅芝居公演 「アクティブリゾーツ福岡八幡」

北九州市にあるリゾートホテルで旅芝居公演 「アクティブリゾーツ福岡八幡」

福岡県にある不定期の大衆演劇公演地、アクティブリゾーツ福岡八幡を訪ねました。

小倉駅からJR鹿児島本線で博多方面へ4駅目、枝光駅が最寄り駅です。
私の職場に枝光で生まれ育ったという方がいて、どんな場所ですかと訊いたことがあります。
「近くにスペースワールドというテーマパークがあった」とのこと。
ただそのテーマパークも数年前に閉園し、今はとりたてて紹介するものはない普通の街のようです。

今回私が訪ねたアクティブリゾーツ福岡八幡は大きなリゾートホテル。
かつてはスペースワールドに遊びに行く多くの観光客がお世話になったことでしょう。
大衆演劇公演は2011年から始まったようです。
このホテルが「Active Resorts 」名を冠するようになったのは2018でそれ以前は「北九州八幡ロイヤルホテル」という名だったようですね。演劇グラフの「不定期劇場・センター」のページによく「〇〇ロイヤルホテル」の名を目にします。

一般的に演劇の劇場やビジネスホテルの立地は人口の多い栄えた都市の駅の近くが良いとされるでしょう。
しかし全国各地に展開しているロイヤルホテルは、リゾート観光目的の旅行者がメインターゲットでしょうから、あんまり人がごちゃごちゃしていない場所かつ豊かな自然観光地の近くに多く建っていると思います。
つまり、ロイヤルホテルは、あまり商業演劇が成り立ちにくい場所で演劇公演を積極的に展開しているということになります。
ロイヤルホテルの大衆演劇文化への貢献はとても大きいと思っています。
演劇グラフでロイヤルホテルの名を見るたびにダイワロイヤルホテルグループの大衆演劇事業について取材をしたいなと思ってしまいます。

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JR枝光駅

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駅前の歩道橋から西方を眺める。
小高い場所に建つ大きなホテルが見えます。

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駅前の国道を西に歩きますと、やがて大きな道路と交差します。
車の場合信号機のある交差点を左折しなければなりませんが、歩行者はこの写真のとおりショートカットできる道があります。

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「近道」と書かれた看板と階段がありました。
ホテルは目の前に見えています。

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アクティブリゾーツ福岡博多
ヤシの木がリゾートっぽい雰囲気を出している

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ロビーに入るとすぐに大衆演劇公演の大きな看板がありました。
今月は「筑紫桃太郎一座 花の三兄弟」

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フロントでチケットを購入

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会場は3階の「八幡の間」

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「こちらの扉は開演1時間前に開錠します。中にお入りいただき受付前に並んでお待ちください」

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八幡の間入口
ここで靴を靴棚に収納

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この和モダンな廊下を進む。
突き当りで開場を待つお客さんが並んでいました。

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開場して、いよいよ場内へ

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大衆演劇会場

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前方は座椅子席

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その後ろの椅子席

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最後方の椅子席

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このように3種の椅子が並んでいます

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前方

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お菓子、ドリンク販売コーナー

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公演中の様子

私はこの日、久し振りの「花の三兄弟」の観劇でした。
桃之助座長がふとした瞬間に見せるかっこよさにうなりました。

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筑紫桃之助座長
かっこいい役者さんは、どんな年齢であっても、そのお年なりの魅力を具えるものと思います。が、この日見た桃之助座長の立ち役には「絶対今見るべき」と思うカッコよさを感じました。若造から脱し男として独り立ちし、年齢的衰退がなく男の活力がみなぎっている、そして人生を楽しむ粋さがある、そんな男として理想的な状態としての時分の花を私は桃之助座長に見出しました。

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博多家桃太郎弟座長は声が良かった。体の大きな役者さんは女形は不利と思われがちですが、桃太郎弟座長の女形の魅せる力はすごい。

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強力な二人の兄のもと玄海花道花形も今後ますますかっこよさを増してゆくでしょう。

筑紫桃太郎一座の公演地は九州・関西が中心で私の住む関東にこないのは残念です。

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500円で入浴できるとのことで、観劇の後お風呂に入りました。

この後私は小倉の宝劇場に行き大衆演劇のハシゴをしました。
数年前まで小倉にあった「バーデンハウス」や「バーパス」はなくなってしまいましたので、同じ北九州市にあるアクティブリゾーツ福岡八幡の存在は大きいですね。

今後もアクティブリゾーツ福岡八幡をはじめダイワロイヤルホテルグループの事業展開に注目しています。

(2019年9月探訪)

「和」と「海」を堪能できる和倉温泉の大衆演劇場 「宿守屋寿苑」

「和」と「海」を堪能できる和倉温泉の大衆演劇場 「宿守屋寿苑」

今回は石川県の和倉温泉にある宿守屋寿苑(やどもりやじゅえん)を訪ねます。

金沢駅から能登半島方面に延びる電車JR七尾線に乗って約1時間半。七尾駅に到着しました。
七尾駅でのと鉄道に乗り換えます。JR七尾線は本数が少ないですがのと鉄道はさらに本数が少ない。
私が乗ったJR七尾線はのと鉄道への接続が悪く、七尾駅時間をつぶすこととなりました。

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七尾の町を散策してから七尾駅に戻りました。
左がJRの改札、右がのと鉄道の改札。

17時58分に和倉温泉駅に到着しました。
冬なのでもう外は暗い。
宿守屋寿苑からは車の送迎のお申し出がありましたが、私はそれをお断りして歩いて向かうことにしました。

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駅から20分くらい歩きますと「海の和風館 宿守屋寿苑」前に着きました。

今日はここで宿泊して明日大衆演劇を観劇します。

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客室
入口近くは普通の和風ホテルの佇まいですが奥の小上がりに注目

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海が見える窓の近くに掘りごたつがあります

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昔ながらのテイストでいて瀟洒な趣きがある和のデザイン

宿守屋寿苑の和室はとても居心地がよい

夕食は食事処の半個室で「能登キュイジーヌ"旬"コース」という和の料理。
1品づつ食卓に供されるコース料理です。
その1部をご紹介しましょう。

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能登近海鮮魚の造り5種盛り

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あたたかい旬菜4種盛り

この後、黒毛和牛のローストビーフ地元野菜添えがでました

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鰤大根

ご飯、汁物、デザート、コーヒーと続きます。
とても美味しゅうございました。

お食事の後はお風呂でくつろいで就寝。

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翌朝。
昨日は暗くてよくわかりませんでしたが窓から海がみえます。宿守屋寿苑は海に面して建っています。ということは全部屋オーシャンビューが臨めるのかな。
この写真は部屋の中(掘りごたつスペースのとなり)にある眺望風呂。

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朝食の和食も凝っています。

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宿守屋寿苑は和倉温泉街の東の方にあります。
館内の窓から西側を眺めました。大きな温泉旅館がたくさん見えます。

大衆演劇公演は13時から。
チェックアウトしてから公演開始まで時間が空きますので和倉温泉街を散歩することにします。

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ありました、日本一の旅館「加賀屋」

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和倉温泉街の西の端にあるのが能登湾を一望できる「多田屋」
多田屋の若女将には以前仕事でお世話になったことがあります。

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2011にリニューアルしたという町の温泉「総湯」
和倉温泉の源泉は熱いのですが、熱交換器を設置することで加水せずに楽しめます。さらに入浴料は銭湯料金。故に地元の方に人気があります。
私も総湯に入りました。私の最近のマイブームのサウナは無料でした!

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総湯のお向かいにあるアイスクリーム屋さん。
お風呂の後だとなお美味しい。

さて大衆演劇の時間が近づいてきました。

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宿守屋寿宴に戻ってきました。

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建物に入ってすぐ左にフロントがあります。そのちょっと先に大衆演劇用の受付が設置されていました。

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1階ロビー
開場時間までここで待つこともできます。

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大衆演劇場は2階の宴会場です。

この日は花柳願竜劇団の公演です。

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入口近くに外題が貼ってありました。
おっ今日の芝居は「暗闇の丑松」だ。

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もちろんお座敷に上がるには靴を脱ぎます。
靴を入れるビニール袋が用意されています。小さいですが靴置き棚もあります。単にここで靴を脱ぎっぱなしにしているのは慣れている常連さんでしょうか。

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大衆演劇場内後方より

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前方は座椅子席

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後方は椅子席

13時、花柳願竜劇団の公演が始まりました。

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第1部お芝居が終わって口上挨拶と物販。
口上を務めるのは花柳竜乃若座長。お芝居では主役の丑松を演じました。
竜乃さんは2019年3月に若座長に就任されたようですね。現在劇団の世代交代の過渡期というところでしょう。

14時30分に第二部が始まりました。
花柳願竜劇団といえば生バンド。楽しみ。と思ってたらオール舞踊ショーでした。
生バンドを見られなかったのは期待はずれだったのだけれど、舞踊ショーはとてもよかったです。

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花柳願竜座長
花柳願竜劇団は大阪や東京の芝居小屋ではない比較的地方の公演地を巡ることが多かったと思います。お客さんの質・数や客席の雰囲気など変化が大きかったことでしょう。お客さんとのコミュニケーションをとる座長を見ておりますとまさに百戦錬磨の旅芸人と思わせるものがあります。

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花柳竜乃若座長
背が高くて舞台映えします。かっこいい。他に類を見ないタイプの女大衆演劇役者だと思います。
舞踊の所作がとてもしなやか。

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二代目香賀峰子
以前は学業を優先されていたと思いますが、今はすっかり旅役者ですね。

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花柳さつき
今日は見られなかったけれど次回こそさつきさんのアコーディオンが見たいです

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花柳竜乃若座長とあつし若頭

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ラストショー

思い返せば女形はなかったですね。大衆演劇の舞踊ショーでは女形を入れるのが必須みたいな風潮がありますけれど私は全然なしでもよいと思っています。
花柳願竜劇団の舞踊オンリーショーなかなか良かったです。

舞踊ショーが終わったのは15時30分すぎ
私が乗りたい電車は15時47分に和倉温泉駅を出る電車
公演が終わるやいなや私は急いでフロントへ。前もって宿の方に車送迎をお願いしていました。

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車だとあっという間に和倉温泉駅につきます。

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こんなものが駅に置いてあります。
前日に七尾の町を歩いた際も街中にでっかいこれが置いてありました。
これは「でか山」の車輪とのこと。
毎年5月に七尾市で開催される青柏祭(せいはくさい)では日本最大級の曳山(でか山)が曳かれるそうです。

帰りは金沢から新幹線に乗って東京へ。
北陸新幹線ができてから石川県への旅がとても便利になりました。

(2020年2月探訪)




モール温泉の老舗そして北海道大衆演劇の老舗 「笹井ホテル」

モール温泉の老舗そして北海道大衆演劇の老舗 「笹井ホテル」

北海道、帯広駅から北東方面にほど近く、「モール温泉」で有名な十勝川温泉があります。
モールというのは亜炭を指すドイツ語だそう。この地には太古に自生していた植物が堆積し炭化せずに残った亜炭・泥炭が眠っている。この亜炭層から湧出する温泉は世界でも珍しい泉質をもつという。モールに含まれる「フミン物質」というのが肌をスベスベにして皮膚を再生する作用があるということが観光パンフレットに書かれています。

十勝川温泉の中心地にはホテル・旅館がいくつもあります。
そのうちのひとつ「笹井ホテル」は大正15年創業の老舗。ここで大衆演劇公演が不定期で開催されています。
笹井ホテルのWEBサイトに過去の公演パンフレットが掲載されています。1985年2~4月の公演のものがありますから、30年以上も旅芝居役者を迎い入れてきたことになります。移れば変わる世の習い、10年も経てば大衆演劇公演地が多数なくなってしまうこの業界で、これだけ実績を積んできたのですから、北海道を代表する大衆演劇場といってよいでしょう。

十勝川温泉の由来は明治33年に自然湧出している温湯を住民が利用したのが始まりという。明治末期に湯治場となり、大正時代に温泉旅館ができた頃は「笹井温泉」と呼ばれていたそう。

レンタカーを運転し笹井ホテルに到着しました。

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笹井ホテルの現在の姿

私は宿泊&観劇で利用します。

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客室

客室でしばし落ち着いた後は気になるモール温泉へ。
褐色でぬるぬるした温泉。いかにも肌によさそう。とても気持ちよかったです。

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夕食
「観劇ご宿泊プラン」もありますが、
私は「十勝産牛すきやき付和洋中約50品ビュッフェ」というプランにしました。

翌日。
チェックアウトしてから大衆演劇を観劇します。
昼の部・夜の部とは別れておらず、1日1回昼間に公演があります。

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ホテル入口の公演看板。
今月は劇団三桝屋。ゲストに劇団秀。

私は10時の開場時間を目指して大衆演劇会場へ向かいました。

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1階。この右手の扉が食事会場の大広間。
大衆演劇会場へは、この扉の左手廊下を進んでゆきます。

会場の前の廊下に、受付の紙を貼った講演卓の後ろにスタッフが3名ほどいらっしゃいました。

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大衆演劇会場。広い。

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前方は畳&座布団&低い長テーブル席

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後方はテーブル席

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後方席は靴のまま。前方の畳席に上がる際には靴を脱ぎます。

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前方

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花道

10時の開場から11時の開演までの間に、団体のお客さんが多数到着しました。
あらかじめ席は決まっていたのですが、前方の畳席ではなく後方のテーブル席を希望するお客さんが多く、スタッフが臨機応変に対応。
昨今の大衆演劇場を観察しておりますと、年配のお客さんには、舞台からの距離が遠くなってもいいから座布団席ではなく椅子席を希望するという傾向が強くなってきていると思います。

団体のお客さんはおのおの席を決めますと、お菓子を広げ、缶ビールやお茶なども用意し、あっという間に賑やかな雰囲気に。

開演10分前、10時50分にホテルスタッフ(大衆演劇公演の責任者の方でしょうか)のSさんよりご挨拶がありました。

11時開演。第1部は舞踊ショー。

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舞踊ショーの様子

11時50分頃第1部が終演しました。
劇団挨拶と物販に移ります。
その後またスタッフよりアナウンスがあり、団体のお客さんは食事会場へ移動。

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団体のお客さんの昼食会場。

第2部お芝居は13時から始まります。
開演数分前にまたスタッフのアナウンスがありました。

この日のお芝居は「出世街道」
大衆演劇でよくかかる「浜の兄弟」と同じバリエーションの話。
主演は三桝屋花形真珀達也と劇団秀の千澤秀座長。
私の大好きな市川市二郎座長が出演しなかったのが残念だ。

14時お芝居が終わり、10分の休憩をはさんで、14時10分に第3部舞踊ショーが始まりました。

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市川謙太郎座長の舞踊。
久し振りに拝見しましたがぐっと魅力が増していました。特に女形がいい。

15時5分終演。スタッフのアナウンス。

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送り出し。

何度もスタッフのアナウンスがありました。その様子を見ていますと「大衆演劇でお客さんに楽しんでもらおう」「ゆっくりくつろいで笑顔になってもらおう」という主催者側の思いが伝わってきます。

公演が終わり、ホテルの建物を後にしました。
私は夜にとかち帯広空港から飛行機で東京に帰ります。3~4時間くらい自由に過ごせます。

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まずは、笹井ホテルの敷地の隣にある「ガーデンスパ十勝川温泉」へ。

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十勝を堪能できるレストランとマルシェ。スパは水着で入るモール温泉とのこと。
観光オフシーズンの平日だったためか空いていました。

さてまだ時間があります。どこに行こうか。
帯広と聞いてまず思い浮かべるの豚丼と六花亭。というよりそれ以外は思いつかない。

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「ぶた丼のとん田」でぶた丼をいただきました。

次は六花亭本店へ。
私はマルセイバターサンドが好きなのです。

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六花亭本店にはイートインがあって、東京には売っていない(賞味期限が短すぎて売れない)お菓子を食べることができます。
ぶた丼を食べたばかりですが、スイーツは別腹と自らに言い聞かして六花亭レアスイーツ3種を食べました。
「サクサクパイ」「雪こんチーズ」「マルセイアイスサンド」

お腹いっぱいの状態でとかち帯広空港から帰京しました。

広~い北海道で、大衆演劇公演を行っている場所はわずかしかありません。
長い年月継続してきた笹井ホテルの旅芝居公演が今後も変わりなく続きますように。

(2019年11月探訪)

藍と人形浄瑠璃のくにに残る本格的芝居小屋 「脇町劇場(オデオン座)」

藍と人形浄瑠璃のくにに残る本格的芝居小屋 「脇町劇場(オデオン座)」

久しぶりの四国の大衆演劇探訪です。
今回は徳島県にある芝居小屋「脇町劇場(オデオン座)」を訪ねます。

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脇町劇場は徳島県中部、美馬市にあります。
徳島駅からJR徳島線に乗りました。
電車は吉野川に寄り添うように西へ。穴吹駅に到着しました。

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JR穴吹駅舎。ここから劇場がある脇町までは遠い。タクシーで移動します。

ここでこの界隈の歴史について触れておきましょう。
吉野川は日本三大暴れ川に数えられるほど古来から洪水を繰り返してきました。せっかく稲作をしても夏の洪水で収穫前に流されてしまいます。そのため吉野川沿いでは稲作ではなく藍の生産が盛んになりました。藍は連作を嫌いますが洪水のたびに肥沃な土が流れてくるのはむしろ都合が良い。また藍は台風シーズンの前に収穫することができます。江戸時代には徳島藩は専売政策によって藍の全国市場を独占し、強い経済力をもった多くの藍商人が現れました。
江戸時代は川での輸送が重要な流通手段でした。吉野川沿いにはいくつもの流通の拠点が生まれました。美馬市の脇町もそんな「川湊(かわみなと)」のひとつで、藍の取引により発展しました。

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道の駅「藍ランドうだつ」でタクシーを降りました。
今も脇町に残る「うだつの町並み」を散策します。
ここは見逃すべからざる観光スポット。藍取引で富を得た商人の屋敷(明治時代頃のものを中心として江戸中期~昭和初期の伝統的建造物)が保存されている通りです。

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これが「うだつ」。
当初は防火の目的で造られましたが、だんだん装飾的要素が強くなり、富や成功の象徴となっていきました。
金持ちにならないと立派なうだつを飾れなかったことから、出世できないことを「うだつが上がらない」と言うようになりました。

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情緒ある町並み。映画のロケ現場にいるかのよう。

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現役で藍商品を取り扱っている店がありました。
私はここで藍染めのシャツを買いました。

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うだつの町並みの通りのつきあたりに川があります。その川の橋から上流方面を眺めますと・・・
見えました、脇町劇場の大きな建物。

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こちらは川の上流から見た脇町劇場

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川をはさんで正面から見た脇町劇場

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劇場正面

脇町劇場(オデオン座)は1934(昭和9)年に建てられました。
ところで「脇町劇場」と「オデオン座」どっちが正しい呼び名なのだろう…
ウィキペディアによると、パリにあるオデオン座の外観にちなんでオデオン座という別称がついたそう。
なので、正式名称は脇町劇場、普段皆が使う呼称はオデオン座、という感じでしょうか。

オデオン座ではどのような公演が行われてきたのでしょうか。美馬市HPでは以下のように説明されています。
戦前には歌舞伎や浪曲の上演で人気を集め、戦後には歌謡ショー公演や映画上映など地域の憩いの場として親しまれました。
その後、映画の斜陽化と建物の老朽化が重なり、閉館、取り壊される予定でした。しかし、山田洋次監督の松竹映画『虹をつかむ男』のロケ舞台となったことがきっかけで、平成11年に町指定文化財として昭和初期の創建時の姿に修復され、一般公開されることになりました。

「にほん全国芝居小屋巡り」(阪急コミュニケーションズ)という本でも脇町劇場は紹介されています。
戦前の描写だと思いますが「劇場のすぐ近くに大きな製糸工場があり、そこで働く多くの若い女性たちの娯楽の場として、定員600人を収容できる劇場はいつも活気であふれていた」とのこと。
平成11年に復元・修復された現在の劇場は収容人数250名のようなので、戦前の劇場はもっと大きかったのでしょう。平成11年の修復杮落とし公演では大衆演劇や人形浄瑠璃が公演されたそうです。

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横から見たオデオン座

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オデオン座ではさまざまな公演が行われています。
2019年7月7日~28日は三代目樋口次郎一座による大衆演劇公演。
もちろん私はこの公演をお目当てにやってきました。
本格的な芝居小屋での大衆演劇公演、楽しみです。

開場時間になりました。
券売窓口で木戸銭を払っていざ中へ!

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ジャーン!
オデオン座内部、、、

え?パイプ椅子?
畳の客席にシートが敷かれその上にパイプ椅子が並べられています。
風情より実利(お客さんの楽さ)をとったということでしょう。
まあ、やむなしかなと思います。
時代の変遷に伴い我々庶民の身体性も変わってしまいました。
50年後くらいに芝居小屋研究家がいたらこう言うかもしれません。
昭和は「床に座布団」でも観客が耐えられた時代、
令和は椅子でないと耐えられなくなった時代、
平成はその転換期であると。

ただ気になるのは、やはり舞台の見え方です。
舞台の高さはお客さんが床に座ることを前提に計算されています。椅子に座ったら目と頭の位置が高くなりますので、舞台を見た場合、前の席のお客さんの頭がだいぶ邪魔に思えるでしょう。

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下手の客席
花道の向こうの桟敷席と2階席が見えます。

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上手の客席
提灯の照明がアクセントになっています

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1階席前方から後方を眺める

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椅子席の前は小屋本来の客席である畳敷きスペース。舞台前に座布団が用意されています。

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オデオン座の座布団。渋い。
年季がはいっていそう。

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1階客席がなだらかな傾斜になっているのがおわかりでしょうか。

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1階上手桟敷席

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花道

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先ほどの花道の揚幕の裏
鳥屋のような部屋にはなっていない

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二階に行ってみましょう

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二階から見た場内

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一番後方、大向うより

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二階席下手側

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二階席上手側

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二階席上手側から見た場内

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二階席上手側舞台近くから後方を眺める

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二階席中央の投光

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天井

13時開演

大衆演劇公演に先立ってお客さんによる歌謡ショーがありました。
2名登場しました。
歌に合わせて地元の踊りの先生が踊る。
13時10分歌謡ショー終了

13時15分第1部お芝居開演。
この日の演目は「血桜お吉兇状旅」

第2部は舞踊ショー

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三代目樋口次郎座長

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椅子席最前列より

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椅子席の後ろの方より

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二階席より

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15時55分公演終了。
座長に紹介された座員が舞台から劇場出口へ移動します。

この日オデオン座で、全国の旅芝居小屋を巡っている旅烏の烏丸さんにお会いしました。
お互い全国を渡り歩く旅烏。
自由な旅烏が旅先で出会うなんて、それこそ芝居の一場面のようです。

この後、旅芝居談議をしながら徳島駅まで一緒に移動しました。

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脇町から穴吹駅へ向かう途中のタクシーの車窓。
吉野川にかかる脇町潜水橋。
潜水橋というのは増水時に水没することを想定した橋で欄干がありません。

徳島駅で二人の旅烏は兄弟分の盃を交わしてそれぞれ別の場所へ旅立ちました。

以上で脇町劇場(オデオン座)の旅日記を終わります。

* * * * *

私にとって、今回の旅は、徳島の伝統芸能の一端に触れることもテーマとなっていました。
その意識の基底にあるのは民族学者宮本常一が監修した「日本の詩情」というドキュメンタリーの一遍です。
宮本常一については、あまりに巨人すぎて私から説明するのははばかられるので割愛します。
20年くらい昔、「日本の詩情」を見た私は、宮本常一の著作を読んで、そのフィールドワークの足跡を訪ねて対馬を旅したこともありました。

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「日本の詩情」は昭和40~41年にかけて宮本常一の企画・監修により日経映画社が製作した映像作品で、日本全国のその土地に根付いた習俗を描いています。
その中から、「藍とデコ」を文章によるダイジェストでご紹介いたします。

前半は吉野川の川下の徳島の町並みと藍商人の屋敷や藍蔵、藍の生産工程の様子が映し出されます。
「つい最近まで染料の王者であった藍。それはそばに似たタデ科の小さな植物。秋には華憐な花をつける」
「藍の栽培は早春から始まる。苗床で育てた後畑に移して花の咲く前に刈り取る。刈り取った藍はその日のうちに小さく切り刻み十分乾燥して連枷(からさお)でうち葉藍となる」


労働歌を唄いながら蔵の中で作業する人々と藍の出来を確認する職人
「葉藍は寝床に移され水を吸って十分な発酵をとげると鮮やかな色を出し始める」
「昔は数千町歩を作った藍も今はわずか数町歩作られているにすぎない。天然の藍はすっかり化学染料にその座を譲ってしまった」


場面は変わって、鳴門近くにある元藍商人の豪壮な屋敷が映し出される。ここでは阿波藍の歴史研究が進められている。藍の生産に用いられた道具が映し出された後、突如箱が登場し蓋を開けると人形浄瑠璃の人形の顔がたくさん現れる。
「しかし阿波は藍によって発展した」
「染料となった藍は阿波の人たちによって行商販売された。その行商に伴って人形浄瑠璃の旅興行、すなわち「木偶回し(でこまわし)」も行われた。阿波の木偶回しは娯楽の少なかった昔の農民に喜ばれ、香り豊かな郷土芸能として今に伝えられている」

義太夫を語る娘の太夫。その隣に三味線弾き。舞台ではいかにも一般人の一座が人形を操っている。その会場の客席は人でいっぱい。老人が多く中には涙ぐんでいる老婆もいる。
『ととさんの名は十郎兵衛、かかさんはお弓と申します』
「巡礼お鶴の悲しい物語『阿波の鳴門』」
「はじめ淡路島で盛んだった人形浄瑠璃は江戸時代藩主蜂須賀公の奨励によって阿波徳島の熱狂的な郷土芸能に育ったと伝えられる。観る者、演ずる者、老若男女その熱中ぶりにこの芸能の不思議な生命力をまざまざと観ることができる」


場面は徳島の山間部の村へ。家の縁側で人形の練習をしている二人の老人。
「徳島県には今でも庶民の間に芸能の古い姿が保たれている。その例が県下各地に分布している村持ちの座である」
「農閑期になると村人たちが集まって人形の箱を開き、互いに練習を重ね技術を競いあう。氏神祭りのときなどは村中の人を集めて公演を行う。それは村という共同体の結束を強める役割を果たしてきた」


二つの大きな箱を天秤棒で担ぐ男。家を訪ね、えびす人形を操る者と鼓を打つ者。その二人が食事をとっている姿。
「人形浄瑠璃の古い形をたどれば、それは信仰と結びついてくる。正月元旦の早朝から家々を訪れて回り歩く『えびすまわし』」
「神の遣いといわれるえびす人形を操って五穀豊穣を祈り家中を清めて一年の平安を神に願う」
「家々では祈りが終わるとこの人たちをもてなしてその労をねぎらう。信仰と娯楽のわかちがたく溶け合った素朴な姿がここにある」


柝を打ちながら田舎道を歩く男。男は大きな箱から人形を取り出す。村里の辻に村人が4人くらい集まり、流芸者一行が人形浄瑠璃の公演を行っている。小さい子供も何人かしゃがんでそれを眺めている。
「村々に拍子木の音を響かせ人を集めて道の上で演技を見せる『箱廻し』。これは村座以前の古い人形劇の姿である」
「中世の傀儡子を思わせえびすまわしの面影を残しているがすでに人形浄瑠璃の内容をそなえている」

天秤棒をかかえる男、三味線を手にする女が帰りゆく。
「何事によらず古い姿が急速に消えようとしている今日、阿波には今なお日本の人形芸能の伝統が生きている。幾層もの世代のひたむきな情熱によって支えられながら」

以上「藍とデコ」ダイジェスト終わり。

「日本の詩情」では、他に徳島を取材したものに「祖谷の神代踊り」があります。秘境の村に住む人々の踊りや労働の唄が記録されています。
浄瑠璃の国、阿波では豊かな生活の唄・労働の唄(粉挽唄、木挽唄、茶飲み唄、草刈唄など)が育まれてきました。
そんな、その土地だけで継承されてきたような阿波の民謡や生活歌の音源を集めたCDが2018年に発売されました。

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「阿波の遊行」
現代舞踊家の檜瑛司さんが1968年から1988年の20年間にわたるフィールドワークで集めた膨大な音源をCD2枚分に選び取ってまとめたものです。
阿波各地の土着の民衆芸能の素朴さと力強さ、生きるエネルギーをひしひし感じます。
YouTube「阿波の遊行」
https://www.youtube.com/watch?v=VSQ6rS82zw4

さてそんな下敷きのもと、今回の徳島の旅で私が向かったのは、阿波人形浄瑠璃の本拠地「阿波十郎兵衛屋敷」。

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徳島県立阿波十郎兵衛屋敷

阿波人形浄瑠璃の演目といえば「傾城阿波の鳴門」です。
これは実際に徳島藩で起きた事件がもとになっています。

吉野川がよく氾濫を起こし稲作に適さなかったのは前述のとおり。その昔幕府は藩が経済的に潤うことをよしとせず他国米の輸入を禁止していましたが、徳島藩士板東十郎兵衛は米の獲れない徳島藩に肥後米をこっそり輸入する仕事に関わっていました。そんな折、十郎兵衛と米輸入の船頭との間にトラブルが発生しました。これが長引いて幕府に知られたらやばいと思った徳島藩は、なんと十郎兵衛をうやむやな理由で処刑してしまったのです。同じタイミングで海賊も処刑されたので、巷では十郎兵衛が海賊と関わっていたという噂もたってしまいました。なんて悲運な十郎兵衛。
その70年後に、この事件をモチーフとして「阿波の鳴門」が作られました。

板東十郎兵衛の屋敷跡にある徳島県立阿波十郎兵衛屋敷は現代における阿波人形浄瑠璃の本拠地で毎日公演を行っています。

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人形浄瑠璃公演会場

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傾城阿波の鳴門「巡礼歌の段」

十郎兵衛屋敷には展示室などもあり、阿波人形浄瑠璃の基本的な知識はここで得ることができます。

さてこの日、十郎兵衛屋敷では夜に特別なイベントが開催されました。

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浪曲師玉川奈々福ライブ「阿波芸能巡礼」vol.1

阿波の土着の芸能のディープさに魅かれ、徳島の芸能聖地巡礼を目論んでいた奈々福さんの徳島プロジェクト第1弾。
奈々福さんの浪曲ライブの他、なんと、阿波木偶箱まわし保存会による「箱廻し」が実演されました!

「箱廻し」は阿波人形浄瑠璃の芸能で、一人か夫婦二人が一組になって、人形を入れた二つの木箱を天秤棒で前後に担いで巡業するという大道芸・門付け芸です(上記で紹介した「藍とデコ」の後半にもでてきました)。箱廻しを稼業とする人は明治の初め頃には200人ほどいたようですが1960年代にはほとんど見ることができなくなりました(オリンピックはこうした芸能の盛衰の転機だったようです)。
一度は廃れてしまった「箱廻し」は、1995年に辻本一英さんが興した阿波木偶箱まわし保存会によって復活しました。
今回はその保存会による実演公演です。

箱廻しの本領は、正月に一軒一軒の家を門付けして回る予祝芸です。
木偶遣いと鼓打ちの二人一組が、えびす人形等を操り五穀豊穣や無病息災などを予祝する「三番叟まわし」が演じられました。
「藍とデコ」で紹介されていた「えびすまわし」を生で見ることができました。えびすさんが出てくるのが阿波の三番叟の特徴です。

実演の後、辻本さん、奈々福さん、越路よう子さん(徳島と東京を拠点に活動されている歌手・CD「阿波の遊行」企画者)のトークコーナー。
濃いトークでした。辻本さん(自宅に浄瑠璃人形が何百体もあるそう)からは万華鏡のように次々と面白い話が展開されました。
明治維新の芸人の鑑札制度を転機として「迎える文化」が喪失してゆき予祝芸・門付け芸は芸態の変化を余儀なくされた、という話は、旅芝居を追いかけている私にとって印象的でした。昔浪曲と旅芝居が合体した節劇というのが流行ったことがありましたが、浪曲と人形浄瑠璃が合わさった芸能もあったらしく、こちらも現代に再現してほしい。

箱廻しは予祝芸だけでは稼ぎがありません。人形浄瑠璃を演じる娯楽としての大道芸としても全国に広まりました。それを示す資料にも言及がありました。

筑豊の炭坑で明治39年から昭和30年まで約50年間働いた山本作兵衛は膨大な絵と文章を遺しました(ユネスコの世界記憶遺産に登録されています)。その一部。
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「大ツヅラ二個を一荷にして担うて歩く傀儡師。一人で浄瑠璃も語り人形も使いわける」と説明されている絵。
阿波の箱廻しが筑豊までやってきたことがわかります。

トークの後は奈々福さんの浪曲「左甚五郎旅日記 掛川宿」
マクラでは、世界的にみれば日本は大変多くの伝統芸能を有している国なのだという話をされました。

阿波十郎兵衛屋敷で阿波の芸能の息吹を感じて、その余韻に浸りながら宿に帰りました。

* * * * *

阿波人形浄瑠璃のルーツは淡路にあります。1615年に淡路島が徳島藩の所領となり、淡路島の農民の人形芝居興行が流入し徳島で人形浄瑠璃が発達しました。

というわけで淡路人形浄瑠璃にも触れるべく淡路島に渡りました。

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淡路人形座
ここでは毎日4回!淡路人形浄瑠璃の公演が行われています。
現在世を席巻している講談師の神田松之丞さん(現伯山先生)や浪曲師の玉川太福さんの公演もここで行われましたね。

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人形座内部
とてもいい雰囲気

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客席

この日の公演内容は「人形説明」「傾城阿波の鳴門 巡礼歌の段」「大道具返し」
道具返しというのは襖からくりで、背景の襖が次から次へと変わってゆき最後は千畳敷の大広間になるというものです。

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公演の後、写真コーナーがありました。
座員の方と人形。

淡路人形座の目の前には鳴門名物の渦潮が観察できるクルーズ船乗り場があります。

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運よくこの日&この時間は大きい渦を見ることができました。

鳴門市の観光スポットといえば何といっても大塚国際美術館

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でかい。
噂には聞いていましたが、あまりものスケールの大きさ、展示物の充実度にたまげました。
複製とはいえ、数々の名画を目の前でじーっと眺めていられるのはうれしい。
ダヴィンチの絵が日本にきたら長い時間並んでも見るのはあっという間。

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フェルメール「真珠の耳飾りの少女」
吸い込まれるような肖像画。

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ピカソ「ゲルニカ」

* * * * *

充実した徳島・淡路島の旅でした。
いつか阿波の人形浄瑠璃の農村舞台も探訪したいと思っています。


(2019年7月探訪)

大衆演劇ジョーが似合う町の庶民派芝居小屋 「遊楽館」

大衆演劇ジョーが似合う町の庶民派芝居小屋 「遊楽館」

今回は2018年に尼崎にオープンした大衆演劇場「遊楽館」の探訪レポートです。

2019年8月某日、私は早朝に東京を出発する新幹線に乗り、10時前に尼崎駅に到着しました。
駅には「ジョーのある町 尼崎」という尼崎をPRするポスターがたくさん貼ってあります。
どうも今 尼崎は「ジョーのある町」として売り出し中のようです。

観劇の前に尼崎の町を散策しました。
さっそく「ジョー」を探したいと思います。

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2019年3月29日に一般公開が始まったばかりの尼崎城。

尼崎城は明治6年には廃城となったのですが、平成27年に家電量販店旧ミドリ電化の創業者・安保詮氏が尼崎城を建設し尼崎市に寄贈したいと申し出たとのこと。約12億円の私財を投じて、約140年ぶりに尼崎城天守が復活しました。

入場料でななく入城料を支払って中へ。

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尼崎城内にて。
いにしえの尼崎城を俯瞰できるモニターが面白かった。コントローラーを使って鳥のように自由に移動しながら眺めることができます。

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尼崎城の後は、観光案内所でもらった「ジョー下町歩きMAP」を手に散歩します。
寺町も尼崎の主要観光スポット。

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寺町を過ぎ、線路をくぐると商店街に着きました。
3つのアーケード商店街の入口が並んでいる珍しい光景。
実はこの写真には見えていない左手にも別の商店街の入口がある。

中央の三和本通商店街は南北に450mほど延びている商店街で、阪神尼崎駅近くから東西に延びている尼崎最大の商店街中央商店街と交差している。その交差している場所からちょっと西に行くと三和劇場があります。
今日の目的地遊楽館も中央商店街の途中で1本路地を隔てたところにある。

とにかく阪神尼崎駅東部には商店街の巣が張り巡らされていて、そんな界隈に大衆演劇場が2つ潜んでいるのであります。

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いざ商店街の迷宮へ。

・・・いや本当に地図なしで歩いていたら迷子になります。途中で方向感覚を失い、スマホでグーグルマップを見てもどっちにいっていいかわからなくなる。。。恐るべし尼崎の商店街。

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やっと遊楽館に着きました!

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入口

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入口入って右手に受付、正面に靴箱

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劇場内後方より

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座椅子と座布団がセットされています

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後ろの方の席

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前方

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花道

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客席左側にも靴箱と入口があります

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舞踊ショー

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私はこういう、靴を脱いで観劇できて舞台との距離が近い少し小さめの芝居小屋が好きです。
木戸銭1,600円ですが、前売券だと1,300円ととてもオトク。この庶民価格もうれしいですね。

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送り出し

あらためて尼崎は大衆演劇場が似合う町だなと思いました。
商店街の活気に寄り添う芝居小屋、いつまでも日本にあってほしい風景です。

(2019年8月探訪)
プロフィール

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Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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