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巨大複合施設群の中の温泉施設 宇都宮にあったつかの間の大衆演劇場 「ふくろう乃湯」

巨大複合施設群の中の温泉施設 宇都宮にあったつかの間の大衆演劇場 「ふくろう乃湯」


私がこれまで公演を観劇した大衆演劇場を数えてみますと171か所でした。
本ブログはその探訪記録・旅日記です。

このブログをいつ書くか、次にどの劇場を書くかは気分次第。
生来、言葉を生み出すのが苦である私は、ブログの更新が滞りがちで、探訪して1年以上経ってからその劇場の記事を書くこともざらです。
どの劇場をブログに書いて、どの劇場を書いていないかなどリスト化しているわけでなく、頭の中で思いつくままにブログを綴っています。

先日、本ブログの左のカテゴリ欄を眺めていましたら、ブログに書いたと思っていたのだけれど、実はアップしていない大衆演劇場があることに気づきました。

それは「ふくろう乃湯」
探訪したのは2017年8月。今から3年以上前です。
しかもふくろう乃湯は2019年3月に閉館してしまいました。

今さら感がはなはだしいですが、3年半前の探訪メモを頼りに、「ふくろう乃湯」をレポートいたします。

* * *

「ふくろう乃湯」はかつてインターパーク宇都宮南(※)にあった日帰り温泉施設です。

※インターパーク宇都宮南(インターパークうつのみやみなみ)は、栃木県宇都宮市と同県河内郡上三川町に跨がる地区に開発された、複合型工業流通団地である。施行者は都市再生機構(UR都市機構)。[Wikipediaより]

「ふくろう乃湯」では2016年6月から2018年10月まで大衆演劇公演が行われていました。

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宇都宮駅

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駅前からインターパーク行きのお買い物専用無料シャトルバスが出ています。
30分おきに発車します。私は一番早い9:30発の便を狙って来ました。
すでに何人か並んでいる模様。

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私が乗り場に着いた9:10にはすでに40人くらいが並んでいました。
9:20にバスが到着し、私はギリギリ座ることができました。座れなかった人は立っています。運転手さんから立つ人は2列になるようアナウンスがありました。

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たくさんのお客さんを乗せたシャトルバスは20分以上かけ目的地に到着しました。
インターパークはとても大きい。敷地内に3か所もシャトルバスの停留所があります。「インターパークスタジアム」で下車。

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バスを降りてふくろう乃湯を目指します。

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ふくろう乃湯の駐車場。
「県内最大級」の日帰り温泉施設を謳っているだけあってとても広い。

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ふくろう乃湯の建物。あんまり健康ランドっぽさがない。

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ふくろう乃湯の入口。装飾や掲示が少なくあんまりリラクゼーション施設の入口っぽくない。

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中に入ってみれば、まごうことなき温浴施設。
とてもキレイです。

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1階にはお風呂とレストランがあります。

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大衆演劇場(大広間)は2階

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大広間入口。

大衆演劇
昼公演 開場12:00 開演13:00
夜公演(土日・祝日) 開場17:00 開演18:00

という掲示があります。

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開場を待つお客さん

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大衆演劇観劇者に渡されるストラップ。
観劇後に大広間出口で返却します。

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大広間後方より

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座席は160以上あります

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横から見た大広間

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座布団がびっしり並んでいる。

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座椅子を使うとこんな感じ。
足を伸ばすことはおろか、あぐらをかくにも窮屈だ。
お客さんのつろぎよりもキャパシティを優先している。

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受付
レンタル座椅子100円
缶ビール、缶チューハイ 共に300円

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公演中の様子。
この日の劇団は橘小竜丸劇団鈴組。
そう、私は橘鈴丸座長の追っかけでここに来たのです。

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橘鈴丸座長。
この日の芝居は「喧嘩屋五郎兵衛」でした。
五郎兵衛(鈴丸座長)が刀に映る自分の顔を見て、そのおぞましさに自分で驚く、という演技がよかった。

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八百源を演じたのは桜木八重子さん。
芝居の筋を締め、かつ味わいのある素敵な演技でした。

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帰りもシャトルバスに乗って宇都宮駅へ。
それにしても広大な施設、駐車場でした。

「ふくろう乃湯」閉館後、その施設は「宮の街道温泉 江戸遊」という温浴施設に生まれ変わりました。
残念ながらこちらでは大衆演劇公演は行われていません。
ウェブサイトを見る限り江戸遊はゴロ寝を重視していて現代のニーズに合っていると個人的には思います。
健康ランドも大衆演芸場も、単に「お風呂」や「芸」を提供するだけでなく、これからはより現代に沿った「くつろぎ」のスタイルを模索し提供する意識が必要だと考えています。今のトレンドとしては「気兼ねなくだらりとくつろげる」時間や空間を意識的にデザインすることが肝要だと思っています。古めかしい施設を新しくリニューアルすればよいというものでもありません。「キレイだけどくつろぎにくい」施設を多く見てきました。無機質な施設はあまりうまくゆかないと思います。

ここ10年で北関東の大衆演劇場が次々なくなっています。
栃木県にも大勢の大衆演劇ファンがいらっしゃると思います。
新たな大衆演劇場の誕生を待ち望まれます。


(2017年8月探訪、2021年2月執筆)

私のもさく座探訪日記 その4:衝撃的だった橘鈴丸座長の入魂の舞踊、歴史のまち行田の中心地を行く

私のもさく座探訪日記
その4:衝撃的だった橘鈴丸座長の入魂の舞踊、歴史のまち行田の中心地を行く


行田市にある大衆演劇場、湯本天然温泉茂美の湯の「もさく座」の探訪日記シリーズ第4回目。

かつての私は、行田という土地に対して、ゼリーフライという郷土料理があるらしい、くらいの知識しかありませんでした。
もさく座探訪をきっかけに行田がとても歴史ある町であることを知ることになります。

今回は大衆演劇観劇の前に行田の歴史を探訪します。
2019年12月、それまで遠く眺めることしかなかった忍城(おしじょう)を目指しました。

忍城は秩父鉄道行田市駅が最寄駅。
東京在住の私は上野から高崎線に乗り、北鴻巣(もさく座への送迎バスがでる駅)を通りすぎて熊谷駅まで行き、秩父線に乗り換えました。

熊谷駅から西に3駅目に行田市駅があります。

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秩父鉄道行田市駅の改札を出て地上に降りる途中に「忍城」の幟がたくさん並んでいました。

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秩父鉄道行田市駅
ちなみにJR高崎線には行田駅があります。行田市駅と行田駅とは5kmくらい離れています。
行田市駅界隈が、江戸時代に忍藩十万石の城下町の名残があり、古くからの市の中心街といえます。

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駅近くの歩道橋。
「埼玉県名発祥の地 行田」と書かれています。
埼玉県名の由来も行田の歴史にかかわっていそうです。それは後ほどわかります。


街を散歩していますと、看板に「フライ」と書かれた店を見かけました。焼きそば、ミックスという文字も見えます。
ミックスというのはフライと焼きそばを一緒に食べられる一品のようです。

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忍城は駅から歩いて15分ほどのところにあります。

忍城は文明10年(1478年)頃築城された難攻不落の名城で関東七名城のひとつ。
1590年豊臣秀吉の関東平定の中で、石田三成による水攻めにも耐え「忍の浮城(うきしろ)」とも称されました。明治維新の際に取り壊された城郭は1988年。
2012年公開の映画「のぼうの城」は忍城を舞台とした物語です。

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忍城の本丸跡地には「行田市郷土博物館」があります。
この郷土博物館に入場しますと通路を渡って忍城の中に入れます。


郷土博物館の中には行田の文化材・歴史遺産を並べた展示がありました。
行田の郷土料理「フライ」と「ゼリーフライ」について確認しておきましょう。

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フライ
小麦粉を溶いてねぎを入れ、薄く延ばして焼き上げたお好み焼きに似た郷土料理。足袋工場に勤める女工さんのおやつとして普及した。
ゼリーフライ
おからとジャガイモを混ぜて揚げたコロッケに似た郷土料理。足袋工場に勤める人々に、おやつとして愛されている。

どちらも、足袋工場に勤める人々のおやつ、とあります。

そう、足袋は行田市の近代化を支えた産業なのです。

江戸時代に城下町として拡張整備が進むなか、行田の足袋は名産として知られるようになりました。天保年間の町絵図では27軒の足袋屋が記されています。
足袋は町の中心作業となり、明治20年代にミシンが導入されると大量生産されるようになります。明治22年の忍町誕生から昭和24年の行田市誕生までの60年間が行田足袋の全盛から衰退期までの時代でした。
昭和13年には年間約8500万足を生産し、なんと全国シェアの約8割を占めていたとのこと。市の中心地には足袋蔵と呼ばれる洋風の倉庫が建てられ、今もそのいくつかが街に残っています。

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そういうわけで行田の街中には「足袋蔵のまち行田」という幟をあちこちに見かけます。

郷土博物館には、江戸時代の足袋屋の店構えを再現したものや、足袋の製造工程などくわしく展示されています。

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江戸~明治の足袋の展示
右下は18世紀中頃の東海道と中山道のガイドブック。「忍のさし足袋」の記載があります。

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足袋の商品ラベル

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私が選ぶNo.1はこれ。
「登録商標 たびはみちづれ」

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郷土資料館内から忍城三階櫓(天守)に入りました。

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幕末の忍城の模型
複雑な水上都市の様相。容易に敵は寄せ付けない城であることがよくわかる。

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忍城址では、観光事業として「忍城おもてなし甲冑隊」の屋外公演が行われています。
郷土博物館を出て、甲冑隊のパフォーマンスを楽しみました。
おもてなし甲冑隊の方々は大衆演劇を観に行って参考にしたりしているのかな。

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バスの時間まで街中を散策しました。
ところどころにレトロな建物を見かけます。

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足袋蔵。現在は別用途として再活用しているよう。

忍城付近から湯本天然温泉茂美の湯へ移動します。

「市内循環バス」の「観光拠点循環コース」という路線を使います。
「右回り」のバスに乗り「市役所前」バス停から「埼玉古墳公園前」バス停まで約24分。

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市役所前バス停の時刻表。(ダイヤ改正により現在と時刻が違います)
右回りバスは1日5便しか出ていません。
もさく座昼の部前の12時すぎに到着できそうな便をピンポイントで狙って乗ります。

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市内循環バス

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「埼玉古墳公園前」バス停で下車
遠くに茂美の湯の黄色い建物が見えます。

このバス停や古墳公園がある界隈の地名は「埼玉県行田市埼玉」
そうなのです、埼玉県の県名の由来となっている「埼玉(さきたま)」という地名が残る場所です。古墳公園に隣接して前玉(さきたま)神社があります。
(埼玉古墳公園については、もさく座探訪日記第3回をご覧ください)

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明治4年7月に廃藩置県が布告され、同11月に現在の埼玉県のエリアは西部が入間県、東部が埼玉県となりました。江戸時代に埼玉郡という郡があったそうで、それが県名に使われました。
(写真は行田市郷土博物館内の展示物)
明治9年にはほぼ現在と同じ埼玉県ができました。
ということで古来から現在まで「埼玉」の地を有する行田が「埼玉県名発祥の地」と名乗っているのです。

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茂美の湯に到着。
今月の劇団は、橘小竜丸劇団鈴組。

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とりあえず天然温泉に入ってから食事。
ゼリーフライをいただきました。

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久しぶりに来たもさく座。

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以前の座椅子席はなくなり、ちょい高イスになりました。

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劇場の中ほどの席

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劇場後方

さて、この日は橘小竜丸劇団の公演を昼の部・夜の部と楽しみました。

このブログで何度か鈴丸特集記事を載せましたとおり、私は鈴丸座長ファンです。

この日の鈴丸座長をオンパレードでご紹介します!

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この日、私の胸が異様に高鳴ってしまった舞踊がありました。衝撃的でした。以下4段階に分けて(私の勝手な印象を添えて)写真でご紹介します。
SNSでの曲名表示はNGですので伏せます(ヒント:とある柑橘)。


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読書をしている青年。

何かが胸に去来したのだろうか。

天を仰ぐ。

振りほどけない追憶になすすべもなく。



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青年は立ち上がる。

自分の意志ではなく心の中の何かによって動かされているかのように。

眼鏡をはずす。

青年の瞳に映っているのは遠い過去か。

次第に溢れてくる思いに身体を委ねてゆく。



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やるせない感情が青年をせきたてる。

突き動かされたように青年は激しく舞う。

幻想と現実が入り混じった世界。



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青年の動作は鎮まってゆくが、そこには強い意志と力強さを感じる。

自分の中に残っている思いは自分そのものだ。

そこには自分が生きた証が輝いている。

それを噛みしめているかのように。


ストーリー性のある構成、舞踊の主人公への強い思い入れ、鈴丸座長らしい舞踊でした。
鈴丸座長の舞踊はどれも素晴らしいですけれど、
私の胸を揺さぶったこの一本は私にとっては正真正銘の「当たり」でした。


帰りは茂美の湯の送迎車で北鴻巣駅に運んでもらい、高崎線で帰りました。
歴史の町の探訪と魂のこもった鈴丸座長の舞踊、充実した一日となりました。


(2019年12月探訪)(2021年1月執筆)

「私のもさく座探訪日記」リンク
第1話:橘小竜丸劇団にみた一本刀土俵入の素晴らしさ、「ゆもと祭り」&「お食事会」のW衝撃
第2話:子役が活躍、マルチ座長率いる劇団暁、初体験のゼリーフライと座長部屋
第3話:それぞれ乗り越えてきた道 劇団千章、行田はみどころたくさん 城と古墳と国宝

元役者が経営者となってリニューアルしたビル内劇場 「七福座」

元役者が経営者となってリニューアルしたビル内劇場 「七福座」

和歌山市内にある大衆演劇場七福座(しちふくざ)は2017年10月に杮落とし公演を行いました。
かつて新吉宗劇場として運営されていた施設をリニューアルして、七福座というとてもおめでたい名称の劇場に生まれかわりました。

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新吉宗劇場が入っていた頃のビル

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このように七福座にかわりました

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建物入口

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入口左手にある看板には1階レストランでテイクアウト可能なメニューが書いてあります。

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入口入ってすぐ左のレストランの中に劇場受付があります。

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劇場は3階。エレベーターで移動します。

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七福座入口

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劇場内。
もともと劇場仕様でなかった施設を劇場に転用したことは、客席前方にある黒い柱を見れば明らか。

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劇場前方
七福神の絵が描いてある定式幕

天井が高めなのは劇場向きといえます。
しかしこの黒い柱はやはりいかんともしがたい。お客さんにとって客席のポジション取りがとても大事になります。

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定式幕には「澤村一門會与利」とあります。
七福座は元役者の澤村龍太郎さんが経営しているのです。

船に書かれている字はどこの国の文字なのだろうか。

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澤村一門の劇団の座長の名が入った提灯が飾られています。

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場内後方

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客席

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この日は劇団花組むらさきの公演
花組むらさきは前年9月にも七福座にのり、約1年ぶりにこの劇場に帰ってきました。
「劇団花組むらさきの皆様 お帰りなさい」の横断幕が吊ってあります。いいですねこの暖かい雰囲気。

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劇団花組むらさき 三代目南條のぼる座長の女形
照明もよいですね

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二代目藤間美香

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光はじめさん

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のぼる座長と美香さん

この公演では特に私の目をひいた役者さんがいました。

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それは、二代目彩姫さん(当時12歳)
選曲も服のコーディネイトも振付も自分で行ったものと思われますが、12歳ながらしっかりと自分の世界を表出していて、かつ魅惑的なムードを醸し出しており私はかなり引き込まれました。
個人的に今後注目の役者さんです。

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ラストショー
奥の方にせり上がる舞台があります。七福座の設備のようですね。

この公演の休憩中に、前の席にすわっていたおしゃべりな地元のおばちゃんとお話していたところ、急にそのおばちゃんが「私のこと知ってる?」と言い出しました。当然知らないのでそう答えると、おばちゃんは最近テレビで話題になっている人物であることを教えてもらいました。
マツコの「月曜から夜ふかし」という番組で「ザ行が言えない和歌山のお母さん」として何度か出演した方だそうで、県内外から何千人もこの方のやっているお店に会いに来るのだとか。そんな有名な方なら是非和歌山大衆演劇PR特使になっていただきたいです。

和歌山市内には「ぶらくり劇場」もありますね。七福座とぶらくり劇場は歩いて10分も離れていません。
市の中心地にふたつも大衆演劇場があるなんて和歌山の旅芝居ファンは恵まれていますね。
全国の大きな都市はどこもこのような状況になってほしいものです。

(2019年8月探訪)

九州大衆演劇の新たな灯 別府の百貨店にできた本格的劇場 「ぶらり劇場 別府座」

九州大衆演劇の新たな灯 別府の百貨店にできた本格的劇場 「ぶらり劇場 別府座」

大分県の別府は同県湯布院と並ぶ日本屈指の温泉郷。
別府市の観光動態調査によると2018年(平成30年)の総観光客数は約900万人(日帰り客約650万人、宿泊客数約250万人)にのぼるという。

2019年6月30日にこの別府に新しい大衆演劇場がオープンしました。
「ぶらり劇場 別府座」といいます。
ぶらり劇場といえば、福岡県内の大分県境近くにある複合施設太平楽の「ぶらり劇場 太平楽」が思い浮かびます。
(ぶらり劇場太平楽の探訪ブログはこちら

ぶらり劇場別府座は、ぶらり劇場太平楽の経営者が熱い思いをもって出店した劇場なのです。
演劇グラフ2019年10月号に社長(有限会社エイト代表取締役豊田和成さん)のインタビュー記事が載っています。
2017年8月に九州演劇協会の玄海竜二会頭が公演中に倒れました。豊田社長はぶらり劇場太平楽のオープンやその後の興行において玄海会頭に大変お世話になったとのことです。そして会頭の「大衆演劇の灯りを消しちゃならない」という情熱を我が身に受け止め、大観光地である別府市に劇場を設けることを決意したそうです。

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大分で百貨店やショッピングセンターを展開するトキハ(発音はTOKIWA)。
別府にはトキハ別府店という大きな百貨店があります。
ぶらり劇場別府座はこの中にできました。
大衆演劇の宣伝・普及のために不特定多数の方が集まる場所に狙いを定めたようです。

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トキハ別府店は「EAST SIDE」と「WEST SIDE」に別れています(内部はつながっています)。
この写真は「EAST SIDE」側から見た建物です。(ひとつ前の写真は「WEST SIDE」側から)

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ぶらり劇場別府座は「EAST SIDE」7階にあります。
大通りに面してシースルーエレベーターがあります。

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7階はぶらり劇場別府座の存在感がすごいです。

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この階にはファミリーレストランもあります。
私はここで食事しました。

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いかにも大衆演劇場がありそうな感じがする廊下

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劇場前通路の壁にぶらり劇場の演目案内がありました。

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ぶらり劇場入口

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券売機でチケットを買います。券売機のすぐとなりに受付があります。
ネクタイ姿の店長や女性スタッフはお客さんの対応がとても丁寧。

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お手洗いはこの劇場の外にあるので、入館者にはこのようなストラップが渡されます。

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靴は下足箱へ。
個人的に「靴を脱ぐ劇場」はポイント高いです。

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喫煙室
しっかり分煙できているのもよいですね

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劇場内後方より。
本格的な劇場です。

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定式幕には九州演劇協会玄海竜二会頭のお姿が!

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赤を基調とした和のデザイン

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大衆演劇場の花道は、下手の壁添いそれほど長くない花道スペースを設けているケースが多い。
客席の中に延びている本来の形の花道に、この劇場にかける意気込みを感じます。

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客席
このような映画館的な座席でありながら靴を脱いで観劇できる劇場は珍しい。

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最後方の座椅子席

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飲食可能なテーブル席も用意
これぞ大衆演劇

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公演中の様子

舞台や客席などしっかり考えられて作られた劇場だという印象を持ちました。

別府鉄輪温泉のヤングセンターは2020年になくなってしましました。かつては別府にはスギノパレイスやラクテンチといった公演場所もあったと聞きます。

ぶらり劇場別府座は別府のいや九州の大衆演劇の大きな灯となりました。
九州の大衆演劇の重要な拠点として今後ますます賑わいをみせてほしいと思います。


(2019年9月探訪)

駅至近のファッションビルに移転した大阪下町の大衆演劇場 「阪急庄内天満座」

駅至近のファッションビルに移転した大阪下町の大衆演劇場 「阪急庄内天満座」

ある芝居小屋が、リニューアルしたり経営者が変わったりすることにより劇場名称が変わることは割とよくあることです。
けれども劇場名称は変わらないのに場所が移転するという例は大衆演劇では多くありません。

今回は、数少ない移転事例のひとつを紹介します。

2014年9月から2017年1月まで阪急庄内駅の近く、線路の東側に位置していた「阪急庄内天満座」は、2017年3月に線路の西側に移転しました。
なぜ移転したのか?その詳細を私は知りませんが、移転前の阪急庄内天満座が私の中では「日本一ありえない劇場」として強くインプットされていたことはお伝えしておきます。

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移転前の阪急庄内天満座劇場内。客席前方に大きな柱が。
ね?絶対ありえない劇場でしょう?

阪急庄内天満座が移転すると知り、私は勝手に胸をなでおろしていたのでした。
新しい天満座を探訪したのは移転からしばらく経った2019年5月です。

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阪急庄内駅のすぐ南にある踏切より。
あの白いビル、サンパティオの中に天満座があります。

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サンパティオは地下1階から4階に店舗があるファッションビル。

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天満座は3階にあります。
案内板の中でもずいぶん目立っているな。

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入口。エスカレーターが見えていますが、入ってすぐ左にエレベーターもあります。

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エレベーターを3階で降りて進みますと、右手に「PeeBee(ピービー)」という雑貨屋さんがあります。
この通路の突き当りにあるのが天満座。

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PeeBeeではご祝儀袋を売っています。1枚65円。
オーダーメイドのオリジナルご祝儀袋を作ることもできます。
(旅芝居専門誌KANGEKI 2019年11月号にこのお店の詳しい紹介記事が掲載されています)

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天満座の手前に開場時間までに待機できそうな場所がありました。

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劇場前にたくさんのスタンド花が飾ってあります。
芝居小屋ならではの賑やかな風景よいですね。

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受付

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券売機
予約席やビール、缶チューハイなど

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休憩スペース

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食事できるテーブルもあります。
私は外でたこ焼きを買ってここでいただきました。

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劇場入口

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場内後方より

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場内左後方より

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前方の席

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後方の席
いかにも「天満座」なつくり。座席が高いので、足置きとしておふろイス?が置いてあります。

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花道

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前方

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場内後方

私はこの日、夜の部を観劇しました。17時30分開演です。

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お芝居が終わって口上挨拶

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舞踊ショーの様子

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夜の部の公演が20時30分頃に終わって劇場を出ますと、もうサンパティオは閉館したようで、出口は限られているようでした。

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指定されたエレベーターから退出します。

ちなみに20時40分頃に阪急庄内駅に着けば、新大阪発東京行き新幹線の最終(21時24分発)に乗ってその日のうちに東京に帰ることができるのです。
私にとって大阪遠征の最終日の夜は阪急庄内天満座が定番になるかな、と思っていたらコロナになってしまいました。
私は身内に病気持ちの老人がいることもあり、遠征どころか大衆演芸や芝居を観に行くこともほとんど自粛しております。
早く気兼ねなく大衆演劇観劇の旅に出かけられる日々が戻ってきますように。


(2019年5月探訪、2020年12月ブログ執筆)
プロフィール

notarico

Author:notarico
東京在住。大衆芸能(大衆演劇、落語、浪曲、講談等)が好きです。特に大衆演劇の世界に興味をもっています。
twitterアカウント:notarico

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